第204話 夜中の男子お茶会!
ダイエットを始めてから、私は基本、寝る前にはお白湯しか飲まない。
なのでチリンチリンと呼び鈴を鳴らして、部屋に来てもらったロッテンマイヤーさんに紅茶三つとお菓子をお願いすると、とても驚かれた。
でもそれ、私が食べるんじゃないの。
部屋には紅い髪の麗人と、ドレッドヘアとチラチラと布から覗く肉体美が特徴の男性とが。
「夜分に悪いなぁ」
『まったくだ。困っていたではないか』
「ああ、いえ……大丈夫です」
多分。
料理長はクッキーを、こんな時のために毎日焼いてくれてる。
それは神様の訪いがなければ使用人のおやつや、アンジェちゃんを通じてラ・ピュセルのおやつになってたり。
紅茶が三つと、姫君からいただいた蜜柑のジャム・お砂糖・ハチミツ・ミルク、それからクッキーの入った籠を乗せたカートを押したロッテンマイヤーさんは、しずしずと部屋に入るとすっと深くお辞儀をした。
「お茶をお持ちいたしました」
「うむ。悪いな、守り役」
『馳走になるぞ』
「は……」
頭を戻したロッテンマイヤーさんは私の方を見ると、静かに隣室に下がろうとする。
それを押し止めたのは、ドレッドヘアの──まあ、平たく言ったらロスマリウス様だ。
「お前がアーデルハイド・ロッテンマイヤーだな?」
「左様で御座います」
「そうか、そう堅苦しくせんでいいぞ。お前は鳳蝶の育ての親みたいなもんだろう? いずれお前のことを、俺の遠い孫娘なりが『お義母様』と呼ぶことになるやもしれんのだ」
「は!?」
「……え?」
まるで錆びているようなぎこちない動きで、ロッテンマイヤーさんが私を見る。
私も驚いて首を振ると、その様子にロスマリウス様が片方の眉毛を器用に上げた。
「なんだ。百華にも言っておいたんたがな。お前にはいずれ俺の一族から嫁を出すって」
「え、いや、それは……」
姫君が断るって滅茶苦茶怒ってたヤツでは?
下手な返答は返せない。
だから内心で冷や汗を掻いていると、氷輪様が声を少し尖らせた。
『その話は百華に断られただろう。これを困らせるな』
「確かに断られたが引き下がるとは言ってないぞ。ようは無理強いしなきゃいいんだろ?」
『人間に神の言葉を拒否するなど……』
「いやいや、お前。コイツは本当に嫌ならするって」
『む……』
肩を竦めたロスマリウス様に、氷輪様もそれ以上は言わない。
っていうか、私、神様の言葉を拒否するとか無理だよ。
ガクブルしながらそんな事を思っていると、お二人が物凄く怪訝そうな顔をした。
「どの口がいうんだよ。お前、百華に『作り損じを渡すのは職人の名折れ』とか言って怒ったんだろ?」
『イゴールからも「強制するなら神様でもくそ食らえだ」と言われたと聞いたが?』
「若様……!?」
「言ってないですよ!?」
ロッテンマイヤーさんの悲鳴に、私は思い切り首を横に振る。
いや、確かに姫君には試作品はお渡し出来ないって言ったけど、それはそんな粗末なのを渡せないって言っただけで怒ってない。
イゴール様に至っては、確かに心の中で思ったけど、あれはちょっとした行き違いでそうなっただけで、口に出してないのに。
「お前、駄々漏れだぞ」
「ひぇ!?」
HAHAHAとロスマリウス様が豪快に笑い、氷輪様が口の端を僅かに歪める。
更にロスマリウス様には「そういうとこだぞ」と、旋毛をつつかれてしまった。
「まあ、今日明日急にって訳じゃない。そうなるかもしれんから、あまり格式張るな。そういうことだ」
「……承知致しました」
ロスマリウス様の言葉に頷くと、もう一度礼をしてロッテンマイヤーさんが退出する。
その背中を見送ると、同じくロッテンマイヤーさんを見ていた氷輪様が大きく息を吐いた。
『中々胆が据わっている』
「だな」
ロスマリウス様がご持参くださったローテーブルの上にお茶とお菓子を準備すると、これまたご持参くださった柔らかなマットレスのような椅子を三つおかれる。
夜中のお茶会の始まりだ。
「いやぁ、イゴールがここの茶と菓子が旨いって言うから、一回食ってみたかったんだよ」
『だからと言ってねだるな』
「あん? お前だって興味あったくせに」
ぱりぽりと良い音をたてて、クッキーを噛るロスマリウス様に、静かに氷輪様が首を振る。
本日のお二人のご訪問は、特に示し会わせたものじゃないらしい。
氷輪様はいつものご訪問で、ロスマリウス様は何やらご用だそうで。
「ああ、そうだった。近々艶陽がお前に会いに来たいと言っていた。俺はその先触れに来てやったのよ」
「へぁ!?」
「お前、桜蘭の巫女を助けたろ? その礼がしたいそうだ。受けてやれ」
桜蘭の巫女ってブラダマンテさんのことか。
いや、でも、助けたっていっても行き当たりばったりだし。
それになんで艶陽公主様が礼をしたいとか、そんな話になるんだろう?
疑問符を顔に張り付けていると、斜め前に座った氷輪様が手を伸ばして、私の髪の毛をくるくると弄った。
『桜蘭はその国自体が艶陽に捧げられたもの。言い方が正しいかは知らんが、国民全てが艶陽の持ち物だ。失くしたものを拾ってもらったなら、礼はせねば。ましてもう戻らぬと諦めていたものが戻って来たのだからな』
「ブラダマンテって巫女は、艶陽のお気に入りだったのさ。死んだと思っていたのが助けられたんだ。感謝もするだろうよ」
ははぁ。
ブラダマンテさんは艶陽公主様のお気に入りだったのね。
そりゃ、その処遇ですったもんだするわ。
うむうむと一人頷いていると、ジャムを落とした紅茶に口を付けたロスマリウス様が、片眉を上げた。
「お前、これ……。
「天上では蜜柑を非時香菓と呼ばれるんですか? 姫君様は蜜柑は蜜柑だと仰ってましたが……」
首を傾げると、同じく蜜柑ジャムを落とした紅茶を一口含んだ氷輪様が、ゆったりと頷く。
『蜜柑は蜜柑に違いないが、地上のものは火を通すと甘くなるだろう。天上のそれは、火を通すと非時香菓という物に変わる』
「甘くもなるし効能も変わるんだよ。なんだったか、百華の桃と似たような効能になるんだったか」
「ひょえ!?」
文字通り飛び上がるっていうか、驚きのあまりマットレスから立ち上がる。
木箱に一杯だったから、かなりの数をジャムにして、お裾分けに色々配ってしまったけど大丈夫かな!?
あわあわと慌てていると、私の内面なんかお見通しの神様方が笑った。
「大丈夫だろ。紅茶に溶かして飲む分くらいの効能なんて、この冬風邪を引かない程度さ」
『たとえ隠された才に目覚めたとしても、そこに胡座をかくものは、その才をいずれ錆び付かせる。錆び付かせなかったものは、非時香菓を食そうが食すまいが、遅かれ早かれ目覚めていようよ』
神様お二人が言うんだから、そうなんだろう。
それにしても、姫君はそんなこと一言も仰らなかったけど、なんでかな?
ハチミツを入れた紅茶を飲むと、甘さが口に広がる。
「そら、お前。百華は料理なんかしないからだろ。料理をしないんだから、調理法なんぞ思い付く訳がない」
『火を通した物を普段食していても、そこには中々結びつかんだろうな』
「ああ、なるほど」
ローテーブルの上に置かれた山盛りクッキーが、どんどん無くなっていく。
ぼんやりとその光景を見ていると、ロスマリウス様が口を開いた。
「それにしてもデミリッチな」
『艶陽の加護を受けた者を取り込んでそうなったらしいが……』
「なり損ねはなり損ねってこったな」
「なり損ね……?」
聞きなれない言葉に首を捻ると、氷輪様が教えて下さった。
リッチやレイスに自分からなるような魔術師や呪術師は、何故だか大概神様にとって代わろうと野心を抱き、魔物としての自分の位階を上げようとする。
その様を嘲りを込めて「なり損ね」と呼んでいたら、いつの間にか地上でもリッチやレイスの上位種を「
天上とは違って、地上では恐れを込めて呼ばれるけど。
「あの程度で神に近いと思われるのは傍迷惑な話だ。それならお前の師匠連中やお前の方が、余程俺たちに近いぞ」
「は!?」
『そうだな』
思いもよらない言葉に絶句すると、お二人とも首を縦に振る。
言われた言葉の意味が解らなくて、ロスマリウス様と氷輪様の間で視線を行ったり来たりさせていると、つんっとロスマリウス様の指で額をつつかれた。
「言葉は便利だが本質を的確に表すには少し足りん」
この場合の近いってのは、神様と先生方の力の差を大人と胎児くらいと仮定したとして、先生方と私の力の差は先生方が大人であれば私はやっぱり胎児で、私とデミリッチの実力差は、私が大人でデミリッチが子供くらいになるそうだ。
「わ、私、そんな、強くないです!」
『そうだな。お前とデミリッチの差は力の差というより、出来ることの差というべきか』
「だな。
「ひぇ!?」
それって大変なことなんじゃ!?
さっと血の気が引く音がして、背筋が寒くなる。
これはお叱りをうけるやつかしら。
そう思っていると、氷輪様が首を横に振った。
『ネクロマンサーと似たようなものだ。あちらは操り人形の切れた糸を、魔力で無理やり自分の指に繋いで操るようなものだが、お前の魔術は元々ない糸を魔力で縫い付けて使役しているようなもの。無いものを即興で縫い付けるのは、本来手間隙がかかるがお前はあっさりやってのけた。しかし稼働時間に制限もあれば、動かせるのはお前の作った物に限られる。ならば下位互換にしても欠陥だらけだ。人間が使うには充分であろうが』
「そうだな。だいたい俺は魔術の神だぞ。お前が俺達の意に添わぬ事をすれば、その力を取り上げればいいだけさ」
マットレスの上で片あぐらをかいてたロスマリウス様は、くっと口の端を上げて笑う。ちょいワルでカッコいい。
同じく片あぐらの氷輪様は涼やかで綺麗だ。
素晴らしく目の保養なのに、肌がどうにも粟立つのは神様の御威光の一端に触れているからか。
自然と背筋が伸びる。
そんな私を見て、氷輪様が優しく微笑んだ。
『構えずともよい。お前があの魔術を使うとして、弟に人形劇を見せてやるくらいが関の山だろうよ』
「えぇっと、はい。編みぐるみもそんなに沢山あるわけでもないですし……」
そうだよ。
私が編みぐるみを作ったのは、この間動いたレグルスくんのひよこセットと、奏くんのシマエナガセット、それから氷輪様の猫ちゃんと、艶陽公主様にお渡ししたケルピー、そしてアンジェちゃんの誕生日プレゼントに二匹の犬だけ。
ああ、でも、犬の編みぐるみが動けば買い物とかに使えるし、蛇の編みぐるみを作って細い場所の掃除とかさせるのもいいかな。
ネズミみたいな小さいのなら、人が入れない狭い場所にも入り込めるかも。
そこまで考えて「あ」と、口から声が溢れた。
災害救助とかに使えないかな。
たとえば土砂崩れや地震で生埋めになってしまった人を探すのに、ネズミくらいの大きさのぬいぐるみが使えたりとか。
ちょっとワクワクした気持ちが、でも次の瞬間にはしゅぽんと沈む。
だってこれ、暗殺にも使える魔術だ。
普通ぬいぐるみが動くなんて思わない。それなのに、人の入れないような場所に、動くぬいぐるみを伏せさせることが出来るんだもん。
私だってそんな風に使う気はないけど、使えてしまうことをきちんと解っていないとまずいやつだ。
ロスマリウス様の愉快そうな目が、ひたりと私を捉える。
「お前は虫も殺さぬ風情でいて、淀みなくえげつない答えに辿り着くのな」
「う……」
「責めているわけじゃない。俺はお前のそういう処を愉快だと思っているぞ」
ぞっとするような凄みのある笑みを浮かべてロスマリウス様が、「なあ」と氷輪様に顔を向ける。
すると氷輪様はおもむろにロスマリウス様のおでこを指先で弾いた。
「いっ!?」
『困らせるなと言っている』
「ぬ、誉めてるんだぞ?」
誉められてる気が、全然しなかったんですが!
眉が八の字に下がるのを感じていると、くしゃっと髪をまぜ返される。
右と左からグシャグシャにされて驚いていると、ロスマリウス様が肩をすくめた。
「俺はお前を買っている。それは本当だ」
「はい、ありがとうございます」
「おう。だからビビらせた詫びに、役に立つ魔術を教えてやろう」
そういうと、ロスマリウス様と氷輪様が目と目で会話して、氷輪様が頷く。
ロスマリウス様の人差し指が額に触れると、そこから仄かな暖かさが伝わって来た。
「……物の記憶が読み取れる魔術?」
「おうよ。これからきっと必要になる」
なんでだろう?
解んなくて首を傾げると、氷輪様がグシャグシャになった髪を整えてくださって。
『お前の教師連中は気付いていると思うが、此度の呪いの件。おそらく根が深いぞ』
「え……? 何か、ご存知なんですか!?」
「いや、知らん。と言うか、知らなくても我らは神だ。全てが手に取るように解る」
と仰るのであれば、この事件はレグルスくんの実家のメイド長が犯人ってだけで終わるほど単純じゃないってことか。
ならばありとあらゆる可能性を検討しなければ!
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