第202話 呪いを解いたら先生にばったり!

 帝国には「短剣の聖女」という伝説がある。

 それは桜蘭からやって来た、白く輝く刃を落とした短剣を携えたブラダマンテという巫女さんのお話で、帝国の各地で奇跡を起こしルマーニュ王国の北の果てで、邪悪な呪術師と死闘を繰り広げ相討ちになるまでの冒険譚だ。

 日照りで干上がった土地に祷りで雨を降らせたり、身体がボロボロと崩れる病にかかった人を、自分が罹患することも恐れず看病して、これを治癒したり。或いは暴れる竜に説法して、改心させたとかいう話もあるんだっけ。

 だからかブラダマンテと言う名前は、わりと帝国ではメジャーだったりする。


「素敵なお名前ですね」

「ありがとうございます」


 にっこりと穏やかに微笑む美人。凄く目の保養。

 一通り部屋にいる人達全員が自己紹介すると、美人がゆっくりと頭を下げた。


「この度は難渋していたところをお助けいただき、お礼の言葉も御座いません」

「そんな……兎に角お助け出来て良かった。お怪我などは……?」

「幸い、なにも」


 それは良かった。

 ほっと息を吐く。

 それにしても、なんでブラダマンテさんはデミリッチの中にいたんだろう?

 皆疑問に思っているだろうことを口にすると、巫女さんは恥ずかしそうに頬を染めた。


「お恥ずかしいことに、旅の途中で悪事をなす呪術師に遭遇したのです。それを何とか調伏したまでは良かったのですが、自ら命を絶ってリッチに転生したその呪術師に生きたまま取り込まれてしまいまして……」

「おぉう、それはそれは……」


 なんか、おっとりとした見た目に反して武闘派なのか、手甲を着けた手をニギニギしている。

 もしかしてブラダマンテさんは、殴ってアンデッドを昇天させる系巫女さんなのかな?

 そんな風に思っていると、ロマノフ先生が少し眉をひそめた。


「今、リッチと仰いましたが、鳳蝶君が浄化したのはデミリッチでしたよ?」

「それは……わたくしも巫女の端くれ。神聖魔術を少々嗜んでおります。そのわたくしを取り込んだことでリッチからデミリッチに進化したのでは、と」

「なるほど」


 リッチやレイスのようなアンデッドにとって、神聖魔術の使い手は天敵。

 デミリッチが執拗に私を狙ったのは、私が神聖魔術の使い手だって察したかららしい。

 天敵を倒すとレベルが上がりやすくなり、力が増す。デミリッチはそれを狙って私を倒したかったみたいだ。

 余談だけどレベルというのは、危機や苦難を乗り越えて魂を磨くことで上がる。

 今回デミリッチを力押しで浄化したことで、先生方は私のレベルは上がったと見ているそうな。

 閑話休題。

 リッチに生きたまま取り込まれた後、ブラダマンテさんは奴のなかで休眠状態というのか、夢か現か、寝てか覚めてかって状態になっていたそうだ。

 奴の中で意識がはっきりしている時もあれば、眠っているような感じの時もあり、時間経過も何もかもがあやふやなんだとか。


「あのままでしたら、わたくしはあの者の魔力炉として利用し尽くされて死んでいたでしょう。本当にありがとうございました」


 もう一度深くブラダマンテさんが頭を下げる。

 そして再び顔を上げたとき、その表情は少し固いものになっていて。

 どうしたのか尋ねる前に、ブラダマンテさんが少し前のめりになって私の手を掴んだ。


「不躾なことを申しますが、どうしても気になったことがありまして、ご都合も考えずに押し掛けさせていただいたので御座います」

「なんでしょう?」

「どなた様から神聖魔術を教わっておられるのかと……」


 そう言われて私はロマノフ先生とヴィクトルさんを見る。

 するとヴィクトルさんが「それなんだけど……」と、ため息混じりに口を開いた。


「彼に神聖魔術を学ぶ下地が出来たのを確認したのは、貴方が取り込まれていたデミリッチを倒す寸前のことでね」


 斯々然々どうしたこうしたと、ブラダマンテさんを助け出すまでの話を、ヴィクトルさんはロマノフ先生と二人で彼女に説明してくれて。

 デミリッチを昇天させられたのは、ほとんど力押しのようなもので、正しく神聖魔術を学んだ訳ではないと話を締め括るロマノフ先生の言葉に、今度はブラダマンテさんが溜め息を吐いた。


「そういう訳でしたか……。いえ、助けられた身分でこの様な事を言うのはどうかと思ったのですが、デミリッチが昇天する寸前はわたくしも意識がはっきりしていまして、あなた様が神聖魔術で浄化をかけたのだとは解ったのです。しかし、あまりにもその浄化範囲が広範囲に及んでいると感じましたので、もしや力の制御が上手く行っておられないのでは、と。あのような膨大な浄化をなさると、魔力切れなどで御身を損ねないか心配で……」


 大正解だ。

 もうどうすりゃいいか分からなかったから、全力で歌っただけだもん。

 そこに魔力の制御も、効果範囲の調整もありゃしない。魔力切れ起こすくらい大量に魔力も消費したよ!


「これからそういった事を学ばなくてはいけないということですよね」


 だからってグールやゾンビ相手に修行したいとも思えない。

 もう別に神聖魔術使えなくても良くない?

 遠い目をして明後日を見た私を、ロマノフ先生は見逃してくれなかったようで、その大きな手で強制的にアヒル口にされた。


「面倒くさくなって来てるでしょ? こういうところは年相応なんだから」

「うぅ……だって、ゾンビとかグールとか怖いです!」


 アヒル口のまま首を横に振ると、上からヴィクトルさんがぷにりと私の頬をつつく。


「だけどね、神聖魔術の使い手なんて桜蘭教皇国以外には滅多にいないんだよ。力押しで勝てなくないけど、そうすると彼女みたいに生きたまま取り込まれてしまった人まで死なせてしまうことになる」

「それは……」


 確かにそうだ。

 正しいやり方を知らないから、今回は歌に頼ったけど、方法を知らないよりは知っている方が対処法は増える。

 だいたいダンジョンとアンデッドって関連がないわけじゃない。

 ダンジョンで死んでしまった冒険者は、アンデッド化する確立が異様に高い。

 更に言えばモンスターの大氾濫が起これば、その戦いで命を落とした冒険者がアンデッドとしてモンスター側に加わることもあるという。

 ダンジョンを抱えている以上、そこの領主が神聖魔術の使い手っていうのは、得こそあれ損はない。

 でも怖いもんは怖いんだよぅ!

 理屈には納得できても、心情的には頷きたくない。

 そんな私の葛藤を知ってか、ブラダマンテさんがきゅっと手を握る力を強めた。


「あの、良ければわたくしにご指導させていただけませんか?」

「へ?」

「先程も言いましたように、わたくしは神聖魔術の使い手です。神の御技の一端であれば、お教えできます。これも何かのご縁、助けていただいたご恩返しをさせていただければ!」


 ずずいっと乗り出していた身体を更に前のめりにして、ブラダマンテさんが熱意のこもった目を向けてくる。

 これは、先生ゲットじゃね?

 そう思って隣のロマノフ先生を見ると、ちょっと困ったらような表情で。

 そのお顔に気がついたブラダマンテさんが「あ!」っと声を上げて、いそいそと指輪を左手から取って、先生方に示した。


「こちらは伯爵家でいらっしゃいますものね。身分のはっきりしないものを逗留させる訳には行かないのですよね? この指輪はわたくしの桜蘭教皇国での巫女の身分を証明するものです、どうぞご覧ください」

「あ、はい。ご丁寧にどうも」


 受け取った指輪をまじまじ見ても、私にはなんだか解んないから、そっとヴィクトルさんに渡す。

 なにか見えたなら教えてくれるだろう。

 するとブラダマンテさんが、ぱんっと手を叩いた。


「そうだわ! ソーフィヤ・ロマノヴァ様! 帝都にいらっしゃるエルフのソーフィヤ・ロマノヴァ様ならわたくしの身分を保証くださいますわ!」

「へ? ソーニャさん?」


 んん? ブラダマンテさんはソーニャさんと知り合いなのかな?

 思いがけない名前が出てきて、もう一度ロマノフ先生の方を見る。

 先生も首を捻っていた。

 すると、それまで静観していたラーラさんがブラダマンテさんに近づいて、それからロマノフ先生を指差した。


「あの人に見覚えないかな?」

「えぇ…っと、初対面かと……んん? ソーニャ様に似ていらっしゃる?」


 似てるもなにも、その人の息子さんです。多分。

 ロマノフ先生に私だけでなく奏くんやレグルスくんの視線が集中すると、本人は軽く咳払いをして。


「エルフで帝都にいるソーフィヤ・ロマノヴァはたった一人です。あれ、私の母なんですが……」

「まぁまぁ! なんというご縁でしょう!?」

「そうですね。折角なので後で母に確認を取るとして、私の懸念はそういうことではなくて、ですね」


 先生が私を見て、それからブラダマンテさんを見て、大きく息を吐いた。

 その眉間には大きなシワが寄っている。

 思いもよらず深刻な様子のロマノフ先生に、誰かが息を飲んだ。

 先生の唇が解ける。


「鳳蝶君、信じられないくらい運動音痴で武道もちょっと人にお見せできないくらいなんですが、ワンパン昇天以外の方法で神聖魔術を教えていただくことは可能ですか?」

「……あらあら、まあまあ」


 すっとブラダマンテさんの視線が逸れたのは、なんでなんですかね!?

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