第201話 祝福の連鎖
よく磨かれて飴色がかったテーブルに並べられた品は三つ。
一つは弓を使う手を守るための茶色い革のグローブ、もう一つは脇差というか小太刀というか短い刀、最後に青い花を模した宝石の付いた指輪が、手の甲全体を覆う黒いレースの手飾りと一体化したパームカフというアクセサリーだ。
レグルスくんと奏くんが左右に座って、正面にはバーバリアンの三人。
先生方は私たちの後ろにいて、置かれた物を覗き込む姿が、鏡のように磨かれたテーブル板に写る。
「まず、グローブは奏坊やに。これは器用さに補正がかかるから、弓矢を使うときだけじゃなく、何かを作ったり宝箱を開けるときに使うと成功率があがる」
「マジで? ありがと!」
カマラさんから受け取ったグローブを、喜び勇んで奏くんは早速着けてみる。
奏くんが手を動かす度に、革の擦れる音がして、それも嬉しいみたい。
それを見つつ、「次なんだけど」とウパトラさんが私にパームカフを渡してくれて。
「これはね、装着者の魔術効果を倍増させてくれて、更に消費魔力も通常の半分に押さえ、ついでに使わなかった分を溜めておいてくれるアクセサリーなの」
「お得感満載ですね……!」
「魔術師ならこの手のアイテムを持っておいて損はないわ」
そう言いながら、ウパトラさんは丁寧に私の手にパームカフを着けてくれる。
ちょっと指輪と手の甲の飾り部分が大きいような気がしたけれど、手首の金具を留めてしまうとしゅるんっと私の手に合わせたように張り付いた。
ヴィクトルさんが笑う。
「僕も似たようなの持ってるよ。魔力の溜まり具合で、宝石の花の部分の色が変わるやつでしょ?」
「ええ。ショスタコーヴィッチ卿のは、ムリマの銘付って有名よね。確か『マグヌム・オプス』って」
思いがけない名前が出てきた。
ムリマさんってドワーフの名工で、武器職人じゃなかったかな?
驚いたので素直に声が出た。
「ほぇ! ムリマさんって武器だけじゃなくアクセサリーも作るんですか?」
「ああ。あの爺さんは興味が出たら、武器から日用品からなんでも作るぜ。ムリマの銘付フライパンなんてのもあるくらいだ」
「そうなんですか!?」
作るものを選ばないし、選ぶ必要がないって凄いな。
刀とフライパンは同じ金属を使ったって打ち方が違う。刀が打てるからって、フライパンを打つのが上手いとは限らない。なのに両方作れてしまうとか、それは物凄い才能だと思う。
「痺れますね!」
「お、おう?」
「凄いなぁ! 憧れちゃうなぁ!」
「あぁ、そう。えぇっと……」
「熱烈なのね……」
もごっとバーバリアンの三人が口をつぐむ。
そりゃあ憧れるよー!
職人として一つを極めるのも凄いけど、多才とか羨ましいじゃん。
いつか会いたいと口にすると、ツンツンと横から脇腹をつつかれた。
「モッちゃんじいちゃん、ムリマって人と知り合いみたいだぜ?」
「本当に!?」
「おじいちゃん、すごいねぇ!」
「うん。なんかそんなようなこと言ってた。今度聞いといてやるよ」
持つべきものは友達だ!
奏くんによろしくお願いすると、軽く請け負ってくれる。
名工・ムリマの情報にワクワクしていると、咳払いが聞こえた。
はっとすると、ジャヤンタさんが苦笑いしていて。
「まあ、ムリマのことは後でな」
「あ、はい。話の腰を折ってしまいましたね、すみません」
私が姿勢をただすと、レグルスくんや奏くんも同じく姿勢をただす。
そうすると、ジャヤンタさんがレグルスくんの前に脇差というか小太刀というかを置いた。
「これな、鞘も柄も鍔もきちんとした脇差のていだけど、実は中は刀の刃じゃなくて木なんだ」
「木!?」
「ああ。だけどただの木じゃない。霊山中の霊山である玉皇山に千年聳えた霊木を、厳しい修行を詰んで神聖魔術を使えるようになった神官が削り出した霊体系アンデッドも斬捨て御免な木刀だそうだ」
なんか凄い代物だし、5歳の子に持たせるものじゃないような?
とんでもない物が出てきて、私や奏くんだけじゃなく先生達も呆気に取られたような顔をしているのが、テーブルに写ってた。
それに気がついたカマラさんが肩を竦める。
「実はこれ、依頼で行った先で宝箱から出てきたものなんだ。ジャヤンタが使えるならそれで良かったんだが……」
「それ、持ち主を選ぶらしくて」
ため息混じりにウパトラさんの言うには、斧なら世間に並ぶものがいないくらいのジャヤンタさんも、刀の扱いはそうでもないらしい。
使うだけならできるけど、達人の域には遠いそうだ。
それでも使えることに違いないのだから振ってみようとしたら、木刀が鞘から抜けなかったのだとか。
ウパトラさんの魔眼で透かし見てみたら、なんと使う人間を選ぶと出ていた、と。
いや、それはそれで凄い代物なのでは?
口に出さずとも皆そう思っているようで、視線が自然と木刀へと向けられる。
「今回みたいな物理だけじゃなんともならない敵もいるし、今はダメでもレグルス坊が大きくなったら、この木刀振れるんじゃないかと思ってさ」
ポリポリと頬を掻いてジャヤンタさんが笑う。
デミリッチが出る前から誕生日プレゼントとして渡そうと思っていたけれど、今回のことがあって更にそれを強めたらしい。
と言うのも、この木刀、削り出した人が神聖魔術を極めた神官さんだからか、飾っているだけでもアンデッドをはね除けるそうだ。
あのデミリッチの憑いた使者のお嬢さんと一緒にいて、彼らが何も影響を受けなかったのは、この木刀の効果だとウパトラさんは言う。
「鳳蝶坊やは神聖魔術使えるみたいだし、奏坊やは強い直感で難を避けられる。レグルス坊やにも守りがあった方が磐石でしょ?」
「たしかに」
頷いたのはロマノフ先生だった。
そうだ。
私は自分に何かされる分には肉を切らせて骨を断つくらいの気持ちを持てるけど、レグルスくんやロッテンマイヤーさんたちに何かされそうなら尻込みするだろう。
両親と事を構えられるのは、あの二人には何も出来ないと踏んでいるからだ。
なにせ二人の資金源は押さえているし、強い味方がいる。
ただ、菊乃井の家の外となると話が違う。
世の中上には上がいて、策謀にしても魔術にしても私の何枚も上手をいく人もいるのだ。
先生達も動きが取れない相手の場合もあるかもしれない。
ジャヤンタさんたちにお礼を言うため、頭を下げようとした時だった。
レグルスくんが木刀を手に持ったのが視界に入る。
小さな手が柄と鞘にかかると、するんと滑らかに引き抜いた。
「ぬけたよ?」
パチパチと瞬きして、レグルスくんと鞘から抜けた木の刀身を二度見する。
私だけじゃなくバーバリアンの三人も、奏くんも、先生方も。
唖然としてもう一度レグルスくんの手と木の刀身を見比べて。
「え? 抜けた?」
「うん。れー、ぬけるよ?」
「天才!? 努力する天才とか凄くない!?」
レグルスくんは毎日タラちゃんとござる丸相手に剣術の修行をしてるし、最近では十回に一回くらい源三さんから一本取れるくらいになった。
世界一可愛いひよこちゃんの上に、剣術の才能が洪水だし、努力も惜しまないとか、もう超将来有望じゃない?
刀身を鞘に戻しながら、レグルスくんがモジモジと私を見上げる。
「れー、すごい?」
「うん、凄いよ!」
「おれのじいちゃんも凄いぞ。ひよさまはじいちゃんの弟子なんだから」
きゃっきゃしてる私とレグルスくんに、奏くんも胸を張る。
弟子が凄いなら、それに適切に教えを授けられる師匠も凄いんだ。
そんなような事を言えば、奏くんは益々誇らしげに胸を張るし、レグルスくんは「げんぞーさん、つおいよ!」とはしゃぐ。
奏くんとレグルスくんの様子に和みつつ、プレゼントのお礼を改めて言おうと、バーバリアンの三人の方をむくと、何故だか三人の目線が私たちの後ろに向かっていて。
しかもなんだか視線に生温さを感じる。
なんだろうと振り返ろうとした瞬間、パタパタと廊下を駆けてくる音がした。
これは宇都宮さんかな。
ばっと廊下の方を向いたレグルスくんが、ソファから降りて廊下に出る。
「うちゅのみやー! ろうかははしったらだめだぞー!」
「そ、そうなんですが! お目覚めになったので!」
そう言いつつ、宇都宮さんが部屋に飛び込んで来た。
そしてその後ろから、何やら揉めているような声が追いかけて来て。
ロッテンマイヤーさんが、静かに部屋に入ってきて、ソファに座る私に合わせて膝を折る。
「桃色の髪のお方がお目覚めになりまして」
「それなら会いに……」
「行って大丈夫ですかね?」とロッテンマイヤーさんに尋ねようとして、エリーゼの「お待ちくださいませぇ」と言う言葉が聞こえてきた。
間延びした口調はいつもと変わらないのに、どこか焦りの混ざる声に首を傾げる。
すると宇都宮さんがパタパタとまた廊下に出た。
「お目覚めになったばかりで、あまり動かれては……!」
「左様で御座いますぅ」
「いいえ、助けていただいたのにお礼もせず寝てなどいられません……!」
メイド二人の声に聞き覚えのない声が混じっていた。
目だけで「その人?」と問えば、ロッテンマイヤーさんが困ったように眉を八の字に曲げる。
「若様にお目覚めになったことをお伝えすると申し上げたら、自分で伝えたいと仰られまして。お止め申し上げたのですが……」
「なるほど。じゃあ、お通ししてから、紅茶かなにか、身体が暖まるものを差し上げてください」
「承知致しました」
スッと頭を下げてロッテンマイヤーさんは出ていくと、二、三メイドさんたちに指示をして厨房へ。
奏くんがソファから降りると、バーバリアンの三人と一緒に、ヴィクトルさんとラーラさんの二人と並んだ。
奏くんの座っていた場所にはロマノフ先生が座る。
こちらの準備が整ったところで、宇都宮さんとエリーゼに支えられた桃色の髪の女性が、ゆっくりと近づいてきた。
太ももに届きそうなほど長い髪に、同じ色の瞳は潤み、唇は柔らかな桜色の、まさしく絶世と言って良いだろう美貌に目が眩む。
ひぃ! 怖いくらいの美人が来た!
着ていた白いワンピースのような服の裾を詰まんで、その人が淑女の礼を取る。
「この度はお助けいただき、ありがとうございました。わたくしは諸国を旅する桜蘭の巫女・ブラダマンテと申します」
ほほぅ。
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