第190話 お帰りなさいの三人衆
帝国の南、どっちか言えばコーサラ寄りの地方には、火鼠というモンスターが棲息している。
この火鼠、鼠という名前に反してかなり大きく、だいたいが猫サイズで、大きいものになると中型犬なみになるらしい。
だけど、でんっとテーブルの上におかれた、燃えるような赤い毛皮は、どう見てももっと大きい。
その他にも、水がそのまま布になったような、冷たくも手触りがサラサラの絹織物に、プラチナの輝きも鮮やかな糸がテーブルの上に乗せられていた。
昨日の夜、ローランさんが実験に遅れたのは、待ち合わせ時間ギリギリにバーバリアンのお三方が冒険者ギルドに到着したからだった。
宿の手配をしていなくて、泊まるところがない三人がギルドに宿泊願いに来たそうな。
菊乃井の街、ちょっと今宿が取り難くなっている。それは大晦日にラ・ピュセルがコンサートを開くことになったからなんだけど、旅をしていた三人が知るよしもなく。
この街を出た時、宿はまだ夜でもチェックイン出来る余裕があったんだけど、今はもうほとんど夕方になると部屋が埋まっていて中々空かないのだそうな。
それでギルドに泊まる手続きついでに、面白いことやってるから見ていけってことで、あの場にローランさんと一緒にやって来たとか。
私はバーバリアンを屋敷に招いたんだけど、こんな夜に連絡なく行くのは良くないからって言われちゃったんだよね。
そんな訳で翌日、バーバリアンの三人は屋敷を訪ねてくれて。
護衛任務を終えたあとの話をレグルスくんと奏くんと先生方三人と一緒に聞かせてもらってるんだけど、ラーラさんが怪訝そうに首を横に振った。
「火鼠、大きすぎやしないかい?」
「突然変異種らしくてな。私たちパーティーがコイツを倒す前には、中の上や上の下辺りの位階のパーティーが三組、討伐に失敗して大怪我したらしい」
「なんと、まあ……」
カマラさんの言葉に驚いたロマノフ先生が顎を手で擦るのに、私も奏くんもレグルスくんも顔を見合わせる。
火鼠の強さっていうのがどのくらいなのか解んないけど、ロマノフ先生が驚くってことは普通の火鼠はそんなに強くないのかな?
そんな私達の疑問に気が付いたように、ウパトラさんが肩を竦めた。
「火鼠討伐なんて、本来は冒険者になりたてのコが受ける依頼よ」
「弱いモンスターなんだな」
「そうみたいだね」
それが中の上や上の下の冒険者達に大怪我をさせるほどとは、それはまさに突然変異種だな。
因みに、三人が突然変異種の火鼠を倒したのは偶然だったらしい。
火鼠の皮は火を防ぐし、これを着ていれば灼熱の空の下にあっても、氷結地獄の吹雪の最中でも、常春の爽やかさだという。
良い服の材料になるからと獲りに行ったら、突然変異種に出会して交戦。これを倒してギルドに持って行ったら、斯く斯く然々とっても助かりましたありがとうってことになったそうだ。
その他の、水が布になったような絹織物は
プラチナに輝く糸は、その名もズバリ、
凄い、どうしよう。
触ったことのない素材に「オラ、ワクワクすっぞ!」って感じ。
これって触っていいのかな?
「おう、これは俺らの服の素材だからな。存分に触ってくれよ」
「そうね、エストレージャみたいなスタイリッシュなのも良いわね」
「私は動きやすさが重視かな」
うっかり口から漏れていた願望に、面白そうにジャヤンタさん達が言う。
つまりそれってご注文ですね?
ということは、この素材に触り放題なんですね?
ひゃっふー!
お礼を言おうとすると、バーバリアンの三人がケラケラと笑った。
「いやー、そんなに素材だけで喜んでくれるとか、採ってきた甲斐があったな!」
「本当にね。そんなキラキラした目で見られたら、面映ゆいじゃない」
「また採ってこようという気にさせてくれるな。冒険者冥利につきるよ」
「だって見たことないのばっかりだし! しかもこれで色々作らせてもらえるんですよ!? 趣味と実益を兼ねるとか最の高じゃないですか!」
ぐっと握り拳を固めて力説すると、ジャヤンタさんが少し腰を浮かせてポンポンと私の頭を撫でる。カマラさんやウパトラさんにも頭を撫でられたから首を傾げると、にやっと三人とも口の端をあげた。
「じゃあ商談だ」
「はい!」
「ワタシ達のオーダーはさっき言った通りよ。デザインはおまかせするわ」
「それで残った材料はそちらで買い上げてもらって、服の代金と相殺して欲しい。それでも足が出る分に関しては、適正価格をきちんと支払うよ」
三人の言葉に私が頷くのを見ると、ジャヤンタさんも頷く。
するとウパトラさんが再び口を開いた。
「今回は値引きとかせずに、本当に適正価格でお願いね」
「へ?」
「今回のオーダーの出来で今後のお付き合いを考えさせてもらうということさ」
ウパトラさんに続いたカマラさんの言葉にハッとする。
そうだ。防具の良し悪しは命に関わる。
今までは、いってみればお友達対応だったけど、命の懸かる所にそんな生温い関わりは出来ない。
たとえ彼らの望み通りの品を作れなかったとしても、友人としての彼らは変わらないだろうけど、冒険者として彼らは
バーバリアンは一流の冒険者。
その彼らにそっぽを向かれたら、いくら初心者冒険者たちに受容があろうとも、
ピリッと私の背筋と室内に緊張が走る。
私は表情を引き締めると、スッと立ち上がった。
「必ずやご期待に添えるものを仕上げます」
「ああ、よろしくな」
同じく立ち上がったバーバリアンの三人が、それぞれ私に手を差し出す。
ジャヤンタさん、ウパトラさん、カマラさん、それぞれと握手すると、室内の張り詰めた雰囲気がほのかに和らいで。
じゃあ、採寸とかしないといけないねってなったところで、静かに奏くんとお話を聞いていたレグルスくんがひよひよとジャヤンタさんのとこにやってきた。
「ねー、ジャヤンター、しってるー?」
「お? なにをだ?」
「がっしょうだんのおねーさん、ふえたよ?」
「マジ? ラ・ピュセルちゃんたちメンバー増えたのか!?」
「うん、おーじさまみたいなおねーさん」
「は、王子様?」
ああ、シエルさんのことか。
ジャヤンタさんが目を白黒させているから説明しようとすると、がっと横から肩を掴まれた。
何事!?
慌てて肩を掴まれた方向を見ると、そこにはなんだか目を爛々と輝かせたカマラさんがいて。
「王子様って!? 詳しく! 詳しく教えてくれないかな!?」
ふすふすと結構鼻息荒いし、頬もちょっと赤い。
あ、これ、沼の住人いたかも。
ふへっと笑った私の顔は、それはそれは悪い顔だったろう。
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