第161話 騒乱の起点はどこなのか
「お世話をおかけしました」
「いや、君が助かって良かった……!」
ぺこりとベッドの上で頭を下げたミケルセンさんに、ベッドサイドに運んだ椅子にかけたルイさんが、本当に安堵したように声をかける。
朝イチ、ミケルセンさんが目覚めたことを伝えるユウリさんの声に、ロッテンマイヤーさんがルイさんへと知らせを出したそうで、出勤前の一時、馬を走らせてルイさんはやってきた。
その前にはヴィクトルさんとラーラさんの二人がかりで身体の調子を診てもらったんだけど、傷は少し痛むだろうけどきちんと塞がっている。
呪いだか毒だかの影響もない。
ミケルセンさんの意識が中々戻らなかったのは、元々激務過ぎて体力が落ちていて、それを回復させるために、身体が深い眠りをほっしたらしい。
つまり、寝不足の解消に爆睡してたようなものだ。
ホッとしたからから膝から力が抜けて、ヘナヘナとその場に座りこんでしまったユウリさんは、だけど目茶苦茶怒ってたっけ。
「だからあれほど『寝たほうがいい』『ちゃんと食べた方がいい』ってうるさく言ってたのに……!」
「そうだね、余生は気を付けるよ」
「あはは」とか朗らかに笑ってるけど、こういう人はまたやるよ。多分。
つか、それも助かったから言えることだとロッテンマイヤーさんにお小言くらって、ミケルセンさんも恐縮してた。
ロッテンマイヤーさん、つおい。
それでミケルセンさんの朝御飯はお粥とかの方が良いだろうし、ユウリさんもまだ皆集まって食卓でって気にもならないだろうからと、エリーゼが部屋で二人を給仕することにして、シエルちゃんとアンジェラちゃんは食堂で朝御飯を御一緒した。
その時にミケルセンさんが目を覚ましたことを伝えたら、凄くホッとしたみたい。
乗り合い馬車は出発時点はもっと沢山人が乗ってたらしいけど、優しくしてくれたのはあの二人だけで、ユウリさんは取っ付きにくそうな雰囲気に反して人、特に小さい子には優しかったし、ミケルセンさんも人当たりが良かったから、アンジェラちゃんはすぐに懐いたらしい。
それに盗賊に襲われた時も、ユウリさんが二人を毛布の中に庇っていてくれたし、ミケルセンさんはその三人を守るために、一人奮戦してくれたからって、とても感謝してた。
気になるのは馬車の御者だったけど、これは昨日の捜索で早々に遺体で発見されていた。
アンジェラちゃん以外はそれに薄々気がついてるみたい。
朝御飯を終えた頃、知らせを受けたルイさんが屋敷に駆けつけ、お部屋に案内して、今ここ。
部屋にはルイさん、ミケルセンさんとユウリさん、それから私とエルフ先生三人、そしてロッテンマイヤーさん。
ミケルセンさんから改めて事情を聞けば、ユウリさんが昨日話したことと同じ話が聞けた。
なので、こちらもミケルセンさんとユウリさんを襲った賊の正体を話すと、ミケルセンさんは天を仰いでため息をついた。
「ルマーニュはもうそこまで腐り果てたか……」
失望の混じるその声に、ユウリさんが俯く。
「俺のせいだ」と呟くのが聞こえたのか、慌ててミケルセンさんがユウリさんの手を取る。
「ユウリのせいじゃない。君がいてもいなくても、サン=ジュスト様がああなった時点で、遅かれ早かれ私もこうなってた」
「でも……命まで狙われたりは……」
ずどんっと落ち込むユウリさんには残念だけど、フラれたくらいで人を殺そうとする人間の伴侶なんて、価値観が似てなきゃ務まるもんか。
ましてやきちんと働いていた人を、無実の罪で貶めようとする奴が、自分の邪魔をする人にまともな扱いなんかするわけない。
うちの両親はその点で言えば、まだ善良、いや、家が潰れたら困るとしか考えてないだけかもだけど。
もしかしたらまだ子供だし、御せると踏んでるのかもしれない。
その線でくるなら、私も夏休みでリフレッシュ出来たし、徹底抗戦の構えだ。
目にもの見せてやるぜ。
……じゃなくて。
結論を言えば、彼らはもうルマーニュ王国には戻れない。
今はまあ、怪我もしているし、当面の生活が出来るだけの貯えは持ち出せたけど、その先は何か食扶持がいる。
そんな話が出ると、ルイさんが私をじっと見てることに気が付いた。
「どうしました?」
「我が君。彼、エリック・ミケルセンはルマーニュにおいて私の右腕でした。能力は私が保証します。ですので……」
「雇いたいというなら、貴方の権限の内で処理してもらったらいいですよ」
「はっ、ではその様に……」
あ、でも当の本人はどうなんだろう?
ミケルセンさんを見ると、ちょっと困った顔をしている。
「どうしました?」と尋ねたら、「実は」と教えてくれたことには、ルイさんのことでルマーニュ王国と帝国、ちょっと水面下で揉めたらしい。
ルマーニュ王国にしてみれば、ルイさんは犯罪者。それを引き渡すどころか、地方だけど重用するとは何事かと言って来たらしい。
私、そんなの知らない。
どういうことかと思って先生達をみれば、ヴィクトルさんがニカッと笑う。
「それは僕が対応した。それこそ蛇の道は蛇。彼が無罪の証拠は僕が用意して、王国の外交官に差し上げたけど?」
「ああ、はい。それで外交官は何も知らなかったらしく、本国に『恥をかかされた』と怒り狂って連絡をいれたそうで……」
「それでルマーニュ内で揉めてるんです?」
ミケルセンさんが力なく笑う。
帝国がそうであるように、ルマーニュ王国も一枚岩ではないようだ。
因みに私がルイさんの件を知らなかったのは、丁度問題が持ち上がったのがバラス男爵のお尻の毛を毟りにかかってた時期だったからで、私に知らせたらそっちのお尻の毛も毟りに行きそうだから止めておこうと、エルフ先生三人とルイさんとで話し合った結果だそうな。
「二方面に敵を抱えるのはちょっと面倒だし、国内の貴族なら兎も角外国の貴族とやりあうのは流石に対応を間違えたら国際問題だからね。帝国の外務省もルマーニュ王国には強い対応がしたかったみたいだから、材料を渡して対応してもらった方が簡単に済む案件だったからさ」
「なるほど、ありがとうございました」
いや、でも私、そんなに血の気多くない。
そう言うと、ラーラさんが首を横に振った。
「基本専守防衛だけど、売られた喧嘩は百倍返しのシルキーシープみたいな子が何言ってるんだろうね」
「シルキーシープって百倍返しなんですか?」
「うん、そのくらい仕返しは激しいよ」
えぇ、私そんなに凶暴じゃないよ。解せぬ。
いや、私のことは良いんだ。
そうじゃなくてミケルセンさん達のこと。
ルイさんの件でとりあえず菊乃井はルマーニュの反ルイさん側からは目茶苦茶嫌われたそうでだ。
「ですので、私が政策に関わることで要らぬ摩擦を生じるのではと……」
別に菊乃井としてはルマーニュ王国に嫌われても、困ることって今のところ何もない。だって隣接もしてなけりゃ、取引があるわけでない。
帝国の方も強気で当たりたいお国のようだし。
でも本人が気にするなら、無理な勧誘は良くない。
だけど菊乃井は人手不足なので。
「それなら役所じゃなくて
菊乃井少女合唱団の事務局はルイさんにお任せしてるけど、やっぱり一人分のお給料で二人分も三人分も働いてもらってる。
二人とも事務にかけては本当に凄いけど、それはそれで不健全な労働実態になってるのは確かだ。
そういうのは絶対良くない。
生半可な人には任せられないけど、そこはルイさんが保証するほどの能力の持ち主なら大丈夫だろう。
そう持ち掛けると、ミケルセンさんとユウリさんは顔を見合わせて「合唱団?」と食いついた。
「合唱団というと?」
「菊乃井には少女合唱団ラ・ピュセルというのがあってですね」
ラ・ピュセルの存在をヴィクトルさんと二人で説明すると、ユウリさんは首を傾げた。
「あれか? 秋葉原の『会いに行けるアイドル』とかいう……」
「そうそう、コンセプトはそんな感じで。今は歌だけですけど、そのうち演劇とダンスの要素も組み込んで歌劇団にするんです」
「歌劇……っていうと、オペラかミュージカルか……ああでも、オペラは歌って踊るって感じじゃないな。じゃあ、ミュージカルか……って、え?」
「んん?」
ついつい演劇というか、ミュージカルで盛り上がりそうになったけど、ユウリさんと二人で顔を見合わせて止まる。
お互い、顔に浮かんでるのは驚きだ。
「ちょっと待ってくれ。エリック、ミュージカルはたしか、この世界にはないんだよな?」
「あ、ああ。少なくとも、私は聞いたことはないよ」
問いかけるユウリさんに、同じくらいびっくりした顔でミケルセンさんが返す。
こちらも周りを見回すと、同じく皆頷く。
ざわっと肌がざわめく。
この人は一体、なんなんだ!?
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