第160話 騒乱、一応終息
事後処理の話をするならば、盗賊は逃げられないと悟ったようで、一人残らず自害して果てたそうだ。
けれど、死体から情報を取ろうと思えば取れるというヴィクトルさんの話通り、しっかりラーラさんは情報を得ていた。
結果、盗賊と思われた輩は盗賊を装った暗殺集団で、ミケルセンさんとユウリさんの殺害を依頼されていた様子。
因みに依頼人はユウリさんがお断りした、某王国の公爵夫人だ。
ユウリさんに袖にされたのを、プライドが許さなかったみたい。
とはいえ、これを帝国の外務省を通じて王国に通報したところで握り潰されるのが落ち。
更に言えば通報したら、こちらからミケルセンさんとユウリさんが無事だとあちらに情報提供することになる。
相手は国を出奔しようとしていた人間に、わざわざ追っ手を差し向けるような根に持つタイプなんだから、彼等が無事なんて知れたら、また暗殺者を送って来るかもしれない。
そんな訳で、ロマノフ先生が然るべきところにだけ報告するに留めて、後はラーラさんが「蛇の道は蛇だよ」と、うっそり笑うのに任せることにした。
それで、被害者のひとなんだけど。
ルイさんに言ったように、ミケルセンさんとユウリさんは菊乃井のお屋敷に来てもらうことになったんだけど、問題はシエルさんとアンジェラちゃんの身の振り方だ。
お茶から戻ってきた二人にも事情を聞くと、なんと少年だと思っていたシエルさんはアンジェラちゃんのお兄さんじゃなくお姉さんだったのだ。
彼女達の身の上は、ミケルセンさん達とは違う意味で悲惨なもので、彼女達はルマーニュ王国でご両親と暮らしていたのだけれど、お母様が病気で亡くなって、その直ぐ後に来た後妻に家をいびり出されたそうな。
当然後妻は追い出す娘達にお金なんかくれない。
仕方なしにお母さんの形見の宝石を売ったり、シエルさんが歌で稼いだお金で帝都を目指していたそうだ。
帝都に行けば二人で働ける場所もあるだろう。
そういう判断でルマーニュ王国の片田舎から帝都へ向かう乗り合い馬車になけなしのお金で乗ったそうだ。
そしてこれ。
ツラい。
「ぼく、なんでもします! だからここに置いてもらえませんか!」
「あんじぇもがんばりましゅ!」
そう懇願する二人を、ヴィクトルさんが困り顔で私のところに連れてきたのが事情聴取の始まりだった。
うーむ。
彼女達の歳なら、街の孤児院で受け入れられないこともないけど、シエルさんの方が落ち着くまもなく職を探して施設を出ないといけない歳っぽい。
そうなると孤児院に一時的に入るより、住み込みで働ける所を探す方が良いかも知れないな。
兎も角、襲われて直ぐに生活設計もないだろう。
それなら大人がいて、安心して寝られる場所に一時避難してまずは気持ちを落ち着けた方が良い筈だ。
ヴィクトルさんに一足先に、屋敷に戻ってもらって、ロッテンマイヤーさんに事情を話してもらうと、ロッテンマイヤーさんは『どうぞ、そのお嬢様方もご一緒にお戻りください』という返事を返してくれた。
そんな訳で四人を連れて戻る。
すると、既に客間の用意が出来ている辺りがロッテンマイヤークオリティだ。
兎も角、清潔なシーツが敷かれたベッドにミケルセンさんをメイドさんたちが協力して着替えさせて寝かせると、ユウリさんやシエルさん、アンジェラちゃんにお風呂を勧める。
シエルさんとアンジェラちゃんはほっとしたようにお風呂を使ったけど、ユウリさんはミケルセンさんが気になってそれどころじゃないと言ってた。
でも彼が切られた時に止血をしていたせいで、服に血がベットリ。
その姿での看病は流石に怪我人の身体に障るし、何より精神衛生に良くない。
こんこんとロッテンマイヤーさんに説かれて、渋々お風呂に入っている間、ミケルセンさんが急変しても対応出来るようにヴィクトルさんが付いていた。
で、ユウリさんがお風呂から出たら、後はミケルセンさんに付きっきり。
食堂にご飯も用意したんだけど、ミケルセンさんが気になってそれどころじゃないんだろう。
いつまでたっても食堂に現れないから、冷めないような魔術をお皿にかけてもらって部屋に持っていったくらいだ。
それでも食べるか解んないから、「看病する人が倒れたら、ミケルセンさんが目を覚ました時に自分を責めます」ってロッテンマイヤーさんに叱られてたし。
因みにこの日のご飯は、借りっぱなしも申し訳ないから、ロスマリウス様の持たせてくれたお土産で、宇都宮さんの袋には古龍の角が、私の袋には古龍の鱗が入っていた。
けれど、海の深い碧の鱗に混じって一欠片、金に光る鱗があって。
「うわ、逆鱗だ……」
「ああ、これは……なんてものを……」
「わぁ……凄いものを貰ったね……」
蒼く光る鱗は、彼の有名な逆さに生える鱗だそうで、エルフ先生達がドン引きしてた。
何故かって言うと、逆鱗は逆さに生えてるせいで、触れられると皮膚に刺さって痛い。言わば弱点だ。
魔力はそういう弱い所を庇うように集中する性質があるので、必然的に逆鱗には魔力が目茶苦茶溜まる。
ただでさえ魔力が目茶苦茶籠ってる古龍の鱗の、更に魔力が溜まってる逆鱗なんて、買おうとしたら家が傾くなんてもんじゃない。
そんなものをぽんっと子供に与えるなんて、貰った私もガクブルしちゃう。ひぇえ。
とりあえず鱗はウエストポーチの中に保管することにして、宇都宮さんの角も然るべきところに保管しておくそうだ。
奏くんも今日辺りロスマリウス様の袋を開けてるだろうけど、龍の髭はきっと源三さんが確保してくれるだろう。
何も事情を知らないシエルさんとアンジェラちゃんは、見たことない食事に目を輝かせてたけど。
女の子二人はその後、疲れが出たのか早々にベッドに入ったようだ。
問題は──
「ユウリさんは寝ないで看病しそうですね」
「そのようで御座いますね」
「うーん、あの調子だと、ミケルセンさんが目を覚ます前に、本当にユウリさんのが倒れちゃいそう……」
「眠った方が良いことは一応お伝えするように致しますね」
「お願いします、ロッテンマイヤーさん」
寝る前にそうロッテンマイヤーさんにお願いしておくと、彼女は頷いてくれた。
そして真夜中。
何となく目が覚めたから、スリッパを履いてとてとてと部屋を出て、ミケルセンさん達のお部屋の様子を見に行く。
すると案の定、扉の隙間から光が漏れていた。
だからノックを小さくすると、返事はない。
気になって中を覗くと、横たわるミケルセンさんに、崩れかかるようにユウリさんが突っ伏していた。
そっと静かに伺うと、ミケルセンさんの眉間にもシワが寄ってたけど、ユウリさんもどこか苦しそうに眠る。
起こすのは簡単だけど、そうしたらユウリさんは今度こそ寝ないで看病するんだろう。
それは避けたい。
なのでクローゼットからブランケットを出して、ユウリさんの肩にかけると、すうっと息を静かに吸い込む。
歌うのはブラームスの子守唄。
どうか心安らかに。
祈るように歌い終わると、ミケルセンさんの眉間からはシワが消えていた。
ユウリさんも、顔から険が消えている。
ほっとしていると、かちゃりとドアが開く。
驚いて振り向くとレグルスくんが、起きてしまったようで、眠い目を擦りながら立っていた。
「にぃにー? ふたりともねんねしてるぅ?」
「うん、ねんねしてるよ。大丈夫みたいだから、私達も寝ようね?」
「うん。にぃに、れー、さっきのおうたもういっかいききたいなぁ」
「いいよ。レグルスくんのお部屋に行こうね」
そう言うと「はぁい」と、二人を起こさないように小さくお返事して、レグルスくんが廊下にでる。
私も二人の部屋の明かりを落とすと、レグルスくんの後に続いた。
翌日、朝早く。
バタバタと誰かが廊下を走る音に目が覚めて、部屋から出ると、丁度足音の主のユウリさんが階段を降りるところで目があった。
ハッとした表情に喜色が混じっている。
もしかして──
「エリックが気が付いたんだ!」
おお、良かった!
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