第136話 遥々来たよ、南国

 コーサラ国はだだっ広い帝国の南に位置する獣人たちの国で、王のもと元老院が存在し、その元老院は十二氏族と呼ばれる十二の氏族からの出身者で構成されている。

 前世の王政ローマに近い政治形態なのかな?

 帝国に対しては、帝国建国以来臣従という立場を取っているけれど、これはコーサラが国として独立する際、帝国の初代皇帝が力を貸したからだそう。

 麒凰帝国の初代皇帝は旧世界の支配者だった国の若き辺境伯だったそうで、その国の圧政の煽りを諸に食らってたらしい。

 都の人間には田舎者と侮られるし、辺境の部族には都かぶれしてると嘲笑われる日々に、ストレスで胃炎起こして死にかけて、死ぬなら四方八方巻き込んで大爆死してやりたくなったとかで反乱軍を起こしたら、あれよあれよと同志が集まってしまいました。

 仕方ないから土地を切り取り、仲間を増やして、ついでにその頃差別されてた他の種族──獣人や魔族──や、人間に迷惑をかけられてた種族──エルフやドワーフ──も、「みんな仲良く!」と解放して回ってたら旧世界の支配者たちを隅っこに追いやり、自分達が一大帝国を築いていましたとさ、メデタシメデタシ。

 以上、ロマノフ先生のお伽噺より。

 無茶苦茶やん。

 いや、まあ、それはいいんだ。

 兎も角コーサラはその時の事を恩義に感じて、麒凰帝国に臣下の礼を取っていた。

 しかし近年の帝国と来たら、建国の志……「みんな仲良く!」とか言ってるけど、本当はもっと「自由」とか「自立」とか「友愛」とかそんな話なんだろうね。

 まあ、そんなのを忘れて獣人を見下し蔑んだりもしばしばで、流石にコーサラもちょっと態度を変えつつあるそうだ。

 この辺りはカマラさんやウパトラさんが、頭が痛そうに話してくれた。

 私やレグルスくん、奏くんには獣人を差別したりとかそんな風な処はないけど、コーサラは段々と帝国に不審を募らせているそうだから、帝国の人間だと解るとひょっとすると嫌なことを現地のひとに言われるかもしれないとも教わったんだよね。

 「じじょうがわかってたら、なに言われても大丈夫だ!」って奏くんはいつもみたいにおおらかに笑ってたし、レグルスくんもちょっとびっくりしたのか私の背中に隠れたけど「れーも、わかってたらへいき」って言ってた。

 私も解ってたら大丈夫。誤解がとけるように、きちんと礼節をもって対応したらいいかな。

 そんなこんなで、バーバリアンの依頼者であるとある貴族さんから伝えられた、あちらのコーサラ入国予定に合わせて、私たちはばびゅんっとロマノフ先生に転移魔術で最寄りの街へ飛んだ。

 メンバーはバーバリアンの三人と、ロマノフ先生、私とレグルスくんと奏くん、それからレグルスくんのお世話係に宇都宮さん、護衛にタラちゃんとござる丸の計八人+二匹。

 南国とあって、燦々と降り注ぐ陽射しは痛みこそ感じないけど、かなり強い。なので、これも行く前にタラちゃんとござる丸にお願いして作った日傘と、麦わら帽子をレグルスくんや奏くん、宇都宮さんと一緒に装備する。

 なんとござる丸、植物のモンスターだけあって、何でも生やしたり枯れさせたり出来るそうで、日傘の骨になる竹とか出してくれたんだよね。

 ロマノフ先生とバーバリアンの三人は、暑さ対策が自前の服に施されてるらしい。

 宇都宮さんのメイド服も、それ自体で温度調節出来る便利な仕様になっているそうだ。

 普段着を持ってきて着ても構わないとは言ったんだけど、ロッテンマイヤーさんがそれなら現地で買った方が良いって言ってたから持ってこなかったとかで、楽しそうだから皆で服を買いにコーサラ滞在中の拠点になるヴィラの近くにある市場マルシェに行くことに。

 私たちもコーサラ滞在中のお洋服を見繕うつもり。

 大通りの道なりに植えられた椰子の木陰に、南国の色鮮やかな野菜や果物を扱う店に、氷を敷き詰めた上に近くにある海で取れた魚や海老、蟹を並べる店、それから観光客用なのか色彩豊かな布で作られたザクッとしたワンピースやシャツが置かれている店もある。

 帝国とは違って猫耳や、爬虫類の尻尾を持ったひとがいたり、髪の色や目の色、肌の色も多種多様だ。

 露店には食べ物を扱う店もあって、たったまま串焼きを食べたり、屋台でスープを飲んだりするひともいる。

 人の熱気と活気がまるで陽炎のように揺らめいて。

 最近では菊乃井だって活気が出てきたけど、まだまだここまでには程遠い。

 ため息を吐くと、背後から旋毛をつつかれた。


「遊びに来てるんだから、おうちのことはちょっとおいておきなさいな」

「そうだぞ。コーサラに来て美味しい魚を食べて帰らなかったなんて、それこそ笑い話だ。そうそう、海に行くならサンダルは必須だな」

「素足で焼けた砂を踏んだら熱いからな。それに海に入って貝殻を素足で踏んづけても怪我のもとだぜ?」


 なるほどなるほど。

 頷くと、バーバリアンの三人が、植物で作ったサンダルが沢山吊るされた露店に連れて行ってくれる。

 見た感じ草鞋っぽいんだけど、お店のひとから勧められて試し履きすると、滑り止めが程よく効いていて、草鞋より足の裏にチクチクしない。

 レグルスくんや奏くんも同じように思ったらしく、ペタペタと見本を履いてジャンプや足踏みをする。


「履き心地はどうですか?」

「凄く良いです!」

「うん、これなら走ってもだいじょうぶだし!」

「れーも! このくっく、すき!」


 色合いも鼻緒に緑や赤、紫や水色、鮮やかな布が使われていて、とても可愛い。

 買おうと思ってロッテンマイヤーさんに持たせて貰ったお財布を出そうとすると、こほんっと背後から咳払い。

 振り替えるとジャヤンタさんがわざとらしく咳をしている横で、ロマノフ先生とウパトラさんが睨みあっていた。


「ほら、私はこの子たちの保護者ですし?」

「そうねぇ、でも誘ったのワタシたちですし?」


 二人とも財布を握って何をしてるんだろう。

 ぼんやり見ていると、カマラさんがさっさと宇都宮さんの分を含めて、さっさと支払ってしまった。


「私の分まで良いんですか!?」

「ああ、勿論。そう言えばジャヤンタから聞いたけれど、宇都宮さんは槍の使い手なんだろう? 一度手合わせしてくれないか?」

「ありがとうございます! でも私、槍じゃなくてモップとかデッキブラシが得意なだけで……!」

「益々凄いじゃないか。私は槍は出来るが、掃除は得意じゃないんだ。掃除の方も教えて欲しいな」

「そちらでしたら、宇都宮凄く得意です!」


 謙遜するけど、訓練された兵士を不意打ちみたいな形とはいえ、殺傷能力のないモップでこてんぱんにのしてしまえるんだから、宇都宮さんの腕は相当なものだと思う。

 フッと口の端を上げて笑うカマラさんに、宇都宮さんがポッと赤くなった。

 解るよー。カマラさんは男装してないけど、ラーラさんに似たカッコ良さがあるもんね。


「ありがとうございました、カマラさん」

「ありがとな、カマラ姉ちゃん」

「ありがとう!」

「どういたしまして。次は服だな」


 促されて服のお店に行ったけど、そこではアロハシャツみたいなのと、サルエルパンツみたいなのを買うと、それはジャヤンタさんが買ってくれた。

 そこでもやっぱりウパトラさんとロマノフ先生の、お財布争いがあって。


「なぁ、ウパトラ兄ちゃんとロマノフ先生は一体何とたたかってるんだ?」

「さあ?」


 何とウパトラさんとロマノフ先生の戦いはヴィラまで続いたのだった。

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