第127話 動くこと雷霆の如し

 「……つまり、御曹子は皆が芝居や絵画、音楽を楽しめる環境を作るために、領地を富ませ、領民に広く学問を敷き、その豊かな土壌を守るために強い兵を養いたい──そういう理解でよろしいでしょうか?」

 「概ねは。明日のご飯の心配をしなきゃいけない状況では、娯楽なんて楽しめないでしょ。役者や歌手を養成するにも、芝居の台本を書いたり演出したりする人を育てるにも学問は絶対に必要だ」


 他にも表現の自由や言論の自由、思想・信条の自由の保証なんてのも必要かな。

 信教の自由はもう多神教を許容できてる段階で、受け入れられてると思うけど、他はちょっと考えないと争いの火種になるしね。

 そういうことは追々考えるとして。


 「ダンジョンがある領地はいつも大発生に気をつけていないといけない。冒険者をダンジョンに呼び込むのは、ダンジョン内の間引きを目的としていますが、それでも大発生が起こった時の要はこの砦だと思います。ここの兵士の精強さが、領民の安全の保証になる」

 「命の危険がある状態では、人心は安定しないものですからな」

 「その通りです」


 頷く隊長に同意すると、彼の後ろに控えた兵士たちがざわめく。

 さて、お片付けとレグルスくんのお叱りが終わって、私は隊長と兵士の皆さんと向かい合っていた。

 あれだ、労使交渉みたいな。

 この一年、色んなひとに話した私の理想をここでもお話だよ。

 長テーブルには私とレグルスくんとロマノフ先生がかけて、向かいに隊長。私の背後にはメイドさん二人とエストレージャにジャヤンタさんが控えていて、隊長の後ろには砦にいる全ての兵士が控えていた。

 圧巻だけど、若干兵士さんたちの視線が明後日なのは、レグルスくんがじっとつぶらなおめめで成り行きを見守っているからだろう。

 ひよこちゃんの純粋なおめめに見つめられて、いつまでもツンケン出来ると思うなよ?

 文字通りにらみ合いと言うには、お互い敵意を持ち合わせていない。

 それはメイドさんのお掃除の効果もあるのだろうけれど、恐らくは隊長の統制が行き届いているのだろう。

 鬼瓦……じゃなくて、鬼平兵長のあれは、たんに当人の酒癖で、その本人は酔いが覚めたのかレグルスくんの真向かいで小さくなってる。

 しかし、酒乱の気があるなら、ちょっと考えないとな。

 なんて思っていると、再び隊長が口を開いた。


 「そんなことをして、御曹子にはなんの得があるのです? こう言ってはなんですが、領民を富まさずとも、御曹子の立場であれば芸術を楽しむことはできましょう」

 「確かにね。でもそれじゃあ大成しないもの」


 広く音楽や文学、絵画、凡そ芸術と呼ばれるモノを嗜む人口が少ないと、切磋琢磨する機会が中々生まれない。

 しかし裾野が広がれば、より高みを目指す人間の数が増えて、芸術は磨かれる。

 それだけでなく、人は個々で感性が違う。

 感性の違いは多様性を生み出すのだ。

 多様性は喜劇一辺倒じゃなく、悲劇やロマンス、ミステリーやSFを育む土壌に変わる。

 そうやって沢山の物語や劇が作られ演じられる世界の豊かさよ。

 そうしてその豊かさを分け合うことの出来る沼友達は、やっぱりある程度安全が保証された場所と経済的な余裕とがないと出来ない。

 つらつらと話すと、隊長と兵士たちの眉が若干八の字になる。


 「御曹子はご友人がほしいのですかな?」

 「友人……まあ、欲しいですよ。好きな場面とか感動したこととか、分かち合えたら楽しみは倍増ですし。でもそれを言うなら『このひとの舞台を見るために、今日も生きるぞ!』って思えるような推し、じゃ解んないかな……えぇっと……贔屓の役者さんとかも欲しいです」


 どこにそんな凄い役者さんがいるか解らないし、その発掘のためにも、領地を豊かにしなきゃならない。

 役者さんだって人間、食べていかなきゃいけないけど、芸術にお金を払う余裕のない経済状況ではそれも難しいだろう。

 何にせよ、菫の園を見たければ、最低限豊かで平和でなければ無理なのだ。

 だから結論は何をどうしたところで、領民には豊かになってもらわなきゃいけないってことだし、平和のためには戦力が必要ってことで。

 「ご納得頂けました?」と問うと、隊長が頷く。


 「御曹子の仰りようは。しかし、それで我らが心から忠誠を誓うかはまた別物です」


 きっぱりはっきり言い切った事に、私の背後がちょっと殺気だつ。

 でもまあ、計算内だよ。

 私だって両親が頭を下げて「これからはお前をこどもとして愛するから」って言うても、絶対信用しないもん。

 手で背後を制する。


 「まあ、そりゃそうですよね。私も別に忠誠を誓って欲しいとは思ってません」

 「我らの忠誠は価値がない、と?」

 「じゃなくて、私や両親には内心でいくらでも舌を出しててもらっても構わないんですよ。忠誠も誓わなくていい。嫌ってさえいても、それは自由です。ただ、有事の際にきちんと過不足なく与えられた役割さえこなしてくれたら。ただし、口に出してしまうと不敬罪を適応しないといけなくなるんで、罵るなら密告とかの心配がない内々でか、心の中でお願いします」

 「心の中での罵倒なら許す、と?」

 「ひとの内心なんか覗けませんし。だいたいこの不敬罪という罪自体センス無さすぎるでしょ」


 不敬罪というのは国法で定められた立派な犯罪で、主に貴族や皇族に対して不敬な言動や態度・行動を罰する法律だ。

 だけどこんな法律を作って縛り付けないと、不敬な言動や態度・行動をされるなら、それは貴族や皇族がその程度の人間だということの証明でもある。

 こんな下らない法律は、是非とも撤廃したいんだけども「国法」だから、手が出せないんだよね。うーむ。


 「誰かそう言うことを上申して頂けないもんですかね」

 「そうですね。ロートリンゲン公爵に相談されてみては?」

 「ロマノフ先生はダメなんですか?」

 「私よりは、人間の大貴族からそういう意見が出る方が画期的なのではないかと思うんですよ」

 「ああ……」


 そりゃそうだ。

 不敬を働かれる側から「そんなに重い罪にすることなくね?」って言う方が効果はあると思う。

 公人も私人も、名誉を守るためなら「名誉毀損」で充分だ。

 「王さまの耳はロバの耳」と叫んだくらいで死刑になる国家なんて、ちょっとどうかと思う。

 

 「って、話が逸れましたね。私が冒険者を優遇するのは後ろ楯がないからだし、大発生対策の一番初手は大繁殖の防止。つまり間引きです。これが上手くいけば大発生が小発生くらいで食い止められるでしょう」


 でも不幸にして大発生が起こってしまったら、第一発見者は冒険者だし、そうなると初動はどうしても大発生が起こった時にダンジョンにいた冒険者が主体だ。

 直後の報告やら連絡やら戦闘やらを担ってくれる彼らを、優遇するのはやっぱり当たり前。

 その次にダンジョン内で鎮圧しきれずに、モンスターが外に溢れてしまうと、ここからがこの砦の兵士たちの出番となる。

 結束が固い、統率の取れた集団戦闘のプロたちにとって、本能のままにただ暴れるだけの獣を狩ることはそう難しくないだろう。

 これに戦いなれた冒険者がアシストに入ってくれたら、磐石なんじゃなかろうか。

 もちろん私だって付与魔術をかけに前線に出ていくつもりだし。

 そんなようなことをぽつっと溢せば、空気が凍った。


 「ま、まってくだせぇ! 今、その、若様、前線に行くって……?」


 さっきまでのベロンベロンな酔いどれ情態から、すっかり素面に戻った鬼平兵長が礼儀正しく挙手して訊ねるのに、私は首を捻る。


 「はい。なんかおかしいこと言いました? 私だって将来の領主ですよ。領地が荒らされそうなら戦場に赴きます。あ、指揮権寄越せとか言いませんから。その時は隊長の指示に従いますよ。付与魔術と防御魔術なら、割りと役に立つと思います」


 「ね!」と同意を促せば、ロマノフ先生もエストレージャもジャヤンタさんも、大真面目に物凄く苦い顔をしながら頷いてくれた。戦場に子供を連れてくなんて正気の沙汰とは思えないけど、必要なら私はやる。

 先生たちは私がそんな人間なのを知ってるから、否定はしないんだよ。苦々しくは思ってても。

 そんな私たちに顔を真っ青にしたのは、隊長と兵士たちで。


 「いやいやいやいや、そんなこどもが来るようなとこじゃねぇですよ!?」

 「左様、戦場は遊び場では……」


 苦い顔で言うのを首を振って止める。


 「貴方たち兵士も領民なんですよ。私のしたいことは領民が豊かで健康で文化的な生活を送れなきゃ出来ないって言ってるでしょ。そこには貴方たちだって含まれる。それなら領主の私が、私の領民を守るために力を尽くして何の問題があるって言うんです。モンスターなんぞに、私の領民を一人だってくれてやるもんか」


 しんっと兵士も隊長も押し黙る。

 私、こういう沈黙って好きじゃないんだよね。否定されてるのか、肯定されてるのか、全く読めないから。

 致し方ないから此方も黙ると、クスクスと背後から軽やかな笑い声。

 振り返るとエリーゼが笑っていた。

 私と目線が合うと、こほんとわざとらしく咳払いをして。


 「アラン兄さん、もう良いんじゃないですかぁ? 若様はぁ、この一年言った以上のことをぉやってこられましたよぉ」

 「しかしだな……」

 「私のぉ、手紙のぉお返事にぃ『信じてみてもいいかもしれない』ってぇ、書いてたじゃないですかぁ」

 「それは……」


 おや、エリーゼは隊長と手紙のやり取りがあったのか。

 てか、もしかしてロッテンマイヤーさんはそれも計算に入れてエリーゼを砦組に加えたのかしら。

 それよりも何よりも、ロッテンマイヤーさんに聞いたら隊長の人となりやら、砦の内情とか直ぐに解ったんじゃ……。

 そこまで考えてたら急に恥ずかしくなって来た。

 議会がどうとかぶっちゃける前に、足元の確認をしろよ私!

 恥ずかしさに加えて、なんだかくらくらと頭痛と目眩がしてきて、目の前のテーブルに倒れ込んだら、ごすっと勢いよく頭をぶつけた。痛い。


 「にぃに!?」

 「若様ぁ!? どうなさいましたぁ!?」

 「若様!? もしやご病気が!?」

 「鳳蝶君!?」


 レグルスくんとメイドさん二人とロマノフ先生が一斉にざわめくと、背後も正面もざわめく。

 凄い過剰反応に、そういや一年前は度々倒れてたことを思い出して、速やかに身体を起こす。


 「だ、大丈夫です。ちょっと頭痛と目眩がしただけ」


 主に自分のイキり具合にだけどね!?

 ああ、もう、本当に恥ずかしさで腹切りできるわ。

 しかしそんな私の葛藤は今は置いておくとして、話を戻そう。

 改めて向かいあうと、隊長が兵士たちの方を向いていた。

 なんぞ?


 「すまん、皆……」

 「隊長、俺らこそスンマセン。隊長は最初から先代様のお言葉に従おうとしてたのに、駄々捏ねちまって」

 「いや、俺自身もエリーゼの手紙からだいたいのあらましは知っていたが、この目で確かめなければと思ってやったことだ」

 「隊長、俺らは隊長に従います……!」

 「ありがとう、皆。皆の命、俺が貰い受ける!」


 まるで死地に突入するような隊長に、兵士たちが口々に同意を叫ぶ。

 そしてこちらに向き直ると、勢い良くテーブルに手をついて頭を下げた。

 物凄い音がしたから、絶対おでこをぶつけて痛かったと思うんですけど。


 「ご無礼の数々、平にご容赦を! 我らはこれより、御曹子に忠誠を誓う所存!」

 「……お、おう、ありがとうございます。や、でも、別に私個人に忠誠を誓わなくたって、菊乃井のために働いてくれたらいいですよ。私は領地を安心安全安楽に富ませたい。その目的のために、貴方たちの力を利用する。貴方たちは家族や貴方たち自身が安心して豊かで健康で文化的な生活をするのには、両親より私の方がまだましだから利用する的な」

 「御曹子、私はエリーゼからの手紙で御曹子が決して丈夫なお身体でないと存じております。それを押して尚、我らのために命を削っておられる方に報いるすべを我らはこれより持たぬのです!」


 隊長が立ち上がり、その姿を見た兵士たちも全員立ち上がる。


 「剣を捧げよ!」


 隊長が号令と同時に、抜剣すると剣の柄を心臓の真上に当てる。すると、兵士たちもそれにならって抜剣して、やっぱり柄を心臓の真上に押し当てた。

 これって、もしかして、認められたってことこな?


 「……りったーしゅらーくするの……?」


 ぼそっと呟いたひよこちゃんの目が据わったのは、気のせいかしら。

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