第128話 兵は国の大事なり

 約五十人くらいに首打ち式なんかしたら、私の腕がもげる。

 そう主張して、とりあえず代表して隊長に首打ち式をすると、騎士団は私の傘下に納まった。

 いやはや、お膳立てされてた感が半端ないけど。

 「実は」とエリーゼと隊長の話すことには、二人とも子供の頃に祖母に才能を見出だされて、エリーゼは屋敷に、隊長は帝都の祖母の知り合いのところに、それぞれ引き取られたのだとか。

 その時に祖母は「将来菊乃井はきっと荒れてしまうけれど、それを正す者が必ずでてくるから、その者に力を貸して欲しい」と二人に言ったそうで。


 「若様がぁ、色々おやりになり始めてぇ、もしかして大奥様が言ってたのってぇ、こういうことかしらぁって思ったんですぅ」

 「自分は最初、伯爵が『菊乃井を正す者』かと思ってお供したのですが、結果はご覧の通り。そこにエリーゼから若様のことを手紙で教えられまして。しかし伯爵の前例もあります。自分一人なら兎も角、部下たちの命を預かる身としては慎重に見極めなくては……と」

 「この砦の状況で隊長が祖母の言葉に従おうとしても、兵士たちの感情を考えると無理だったから、私を皆で試したってとこでしょう。そりゃ当たり前の反応ですね」


 隊長は赴任してきた当初から、祖母の言葉を兵士たちと共有していたらしく、兵士たちも元は菊乃井の領民、祖母の言葉の件──遺言になってしまった訳だけど──は重く響いたようで、最初は本当に父に尽くして段々と少なくなっていく予算にも耐えていてくれたそうだ。

 不正に関しても、父が正してくれることを願って内偵して、ようやく尻尾を掴んで訴えたらしい。にも拘らず、現状は良くならなかった。ここに至って限界を迎える寸前で、私の査察の報せが入ったとか。


 「なんか聞いたことのある話ですね。文官の皆さんも爆発手前で間に合ったって言ってましたよ」

 「そうですか。先代様の目をもってしても、まさか御曹子が成人するまで持たなかったとは思わなかったのでしょうな」

 「両親のアレさが、想定の範囲外だったのでしょう。でも正直人心は間に合ったかもしれませんが、設備的には全く間に合ってない」

 「いや、その件ですが……」


 ばつが悪そうにシャトレ隊長が口を開くには、確かに砦はボロいけれど、実は中庭の畑は予算を非常食の備蓄や武器の収蔵に充てたかったから自主的に倹約していただけで、兵数も少なかったのでそこまで困ってはいなかったそうで。


 「え? じゃあまともな食事してないってのは……」

 「この砦では野戦訓練として料理も兵士たちで行っております。その、どいつもこいつも自分含めて下手くそなのです」

 「Oh……!」


 なんということでしょう。

 材料あっても意味ないじゃん!

 あまりに予想外の言葉に、一瞬絶句する。

 今度こそ軽い目眩を感じて、くらりと倒れそうになるのを耐えながら、ロマノフ先生にすがり付く。


 「か、カレー粉も食料に混ぜてやって下さい……! カレーは誰が作っても、そんなひどい味にはならないから!」

 「それだけじゃなく、料理を教えられる人材も頼みましょうね」


 ありがたいロマノフ先生の言葉に頷こうとすると、おずおずとエストレージャが私に近づく。

 そして跪くと、大真面目な顔をした。


 「若様、俺ら料理できます」

 「多分、この砦のひとたちより上手いっす」

 「そうそう、俺たち貧乏暮らし長かったから食材無駄に出来ないし、店なんか入れないし、上手いもの食いたきゃ自分達で作るしかなかったですしね」

 「で、では、任せても?」


 地獄に仏ってこのことじゃん!

 そう思ってお願いすると、力強くロミオさんたち三人が頷いてくれた。

 だけじゃなく、暫くこの砦に残るとまで。


 「俺ら、さっきからの話を聞いてちょっと考えたんです。砦を本気で力ずくで何とかする気なら、若様は迷わず師匠お三方を連れてくだろうなって」

 「だけど若様は俺たちを連れてきた。それはじゃあ何でかなって三人で面付き合わせて、あーでもない、こーでもないって、な!」

 「おう。で、若様は兵士たちと冒険者では戦いかたが違うって仰った。俺たちは冒険者だから冒険者の戦い方は知ってる。なら、ここに俺たちを連れてきたのは、俺たちが知らない兵士の戦いかたを覚えさせるためじゃないかって」


 「な!」と三人が顔を合わせて頷く。

 まあ、うん。

 制圧というか、砦を掌握したら、三人を兵士たちとの連携を学んでもらうために、ここに放り込む気ではいたよ。

 それに自主的にたどり着いて、自分から申し出てくれるのはありがたい話だ。

 自分で考えて、周りにも相談や報告をして、答えに辿り着く。

 それこそが菊乃井の領民の姿であって欲しい。

 その一つの形をエストレージャが示してくれた。

 だったら私がすることは。


 「シャトレ隊長、三人を部隊に加えてください。冒険者としての位階は……下の上ですが、上の上であるジャヤンタさんのパーティーをルールのある試合とはいえ、あと一歩まで追い詰めました」

 「おうおう、見事に追い詰められて銘付きの武器壊されたっての」

 「承知致しました」

 「「「ありがとうございます!」」」


 ぺこんと三人揃ってシャトレ隊長に頭を下げた三人を、兵士たちも好意的に見守っている。

 アレは「飯作れる人員キタコレ!」ってことかしら。

 何にせよ歓迎されるのは良いことだ。

 ジャヤンタさんがニカッと笑う。


 「これで直近の坊の憂いは晴れたわけだ。そんなら暇が出来るよな?」

 「ああ、そうですね。まずここの兵士の装備を何とかして、それから材料揃えないといけませんけど」


 バーバリアンの装備の話のことだろうと踏んで答えると、ジャヤンタさんが目茶苦茶渋い顔をした。

 なんでだろうと周りを見ると、レグルスくんもロマノフ先生もメイドさん二人も、それだけじゃなくてエストレージャやシャトレ隊長、そこにいた兵士たち皆がしょっぱい顔をしている。


 「え、なに? 先に両親をギャフンと言わせた方が良い? その方が兵士さんたちも士気あがる?」


 私としてはあっちが来るまでは、こちらから手出しをする気は、今のところないんだけど。

 だけど、両親の間を修復不能なくらいに不仲にしておくのは吝かじゃない。

 敵と敵に手を組まれるより、敵の敵はやっぱり敵にしておく方が、色々とやりやすいのは確かだもん。

 加えて兵士たちの溜飲が下がって士気があがるなら、何か仕掛けるのもありかな。

 と、ぷにっとほっぺたを摘ままれた。

 ロマノフ先生の指先だ。


 「疲れるから考え事はお止しなさい」

 「んん?」

 「兵士たちの溜飲が下がるなら何か仕掛けるのも悪くないかと思って策を練ろうかと思っているのでしょう? 謀を考えたりするのは存外疲れるものです」

 「いや、でも……」


 アレだ。

 さっきばたっと倒れたと思われてるからか。

 違うんだけどなぁ。

 ちょっと自分のイキり具合が恥ずかしくて目眩がしただけであって、大したことじゃない。

 そう言おうとしたら、じっと据わった目でレグルスくんが私を見ていた。


 「にぃにはちょっとはたらきすぎです! れーとあそんだほうがいいとおもいます!」

 「あー……えっと」

 「じゃないとひめさまにいいつけましゅっ!」


 あ、噛んだ。可愛い。

 いや、そうじゃない。

 どうやら忙しさにかまけて、レグルスくんにも寂しい思いをさせていた様だ。

 しかし、やらなきゃいけないことは多い訳で。

 時間をどうやって捻出しようか考えていると、ガリガリとジャヤンタさんが頭を掻くのが見えた。


 「あのな、坊。確かに装備は欲しいけど、俺らは余裕がない新米じゃねぇんだ。ちょっとくらい待てる。それより坊が今やんないといけないのは休むことだ。目眩起こすくらい疲れてる状態で良いものなんか作れっかよ」

 「いや、目眩っていうか、あれは別に大したことじゃ」


 言い募る私に、エリーゼががっしりと肩を掴む。


 「私ぃ、ロッテンマイヤーさんにぃ、このことご報告しますからぁ」


 にこっと笑顔なのに、その目は全く笑ってなかった。

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