第118話 世にも陰険な親子喧嘩のゴング
こうして音楽コンクールは盛況のうちに幕を閉じた。
さて、それから。
やっぱりバーバリアンとエストレージャ、それからマリアさんとラ・ピュセルは、成績優秀者として皇帝陛下主催の園遊会に招待された。
その席でまたマリアさんとラ・ピュセルは合唱することになって、それを皇族の皆様方にお褒め頂いたとか。
エストレージャも悔い改め、一からやり直して準優勝したことを誉められたらしい。
バーバリアンは案の定オリハルコンの斧が粉々になったことを色々聞かれたそうだけど、そこはエストレージャの引率者として着いていったラーラさんがのらりくらりとかわしたそうで。
「材料のほとんどはアリョーシャがダンジョンで取ってきたヤツだけど、いつどこでだったかは覚えてないって言ってたって説明したら、陛下には御納得頂けたよ。『あの男なら然もあらん』って」
「陛下はロマノフ先生の収集したら忘れる癖をご存知なんですか」
「有名だもの。ロマノフ卿のマジックバックはどこかの神殿の宝物庫なみの品揃えだって」
「へぇ……一回虫干しした方が良い予感が……」
機会があったらやらせて貰おう。
で、だ。
園遊会の翌日、エストレージャとバーバリアン、それから帝国の三英雄が、一挙に祖母の書斎で寛いでいる。
何故かと言えば、園遊会が開かれた夜、貴族のみが参加する宮中晩餐会に、私の両親も出席することになっていた。
その席でなんと皇帝陛下が私の両親に直々にお声をかけられたらしく。
『この一年の間に菊乃井領は大きく変貌したと聞くが、卿らはどこで何をしていた?』
静かな問いかけに、両親は当然答えられずにいて、結局色々菊乃井の話を皇帝陛下にお話申し上げたのはロートリンゲン公爵閣下とヴィクトルさんだったと、ヴィクトルさん本人がしれっと教えてくれた。
これで私の両親は社交界で構われはするけれど、それには名誉ではなく嘲笑がついて回ることになる。
父も母もちょっと話しただけだけど、およそ嘲りをうけることに耐性があるとは思えない。
となれば、その原因を作った私に怒りをぶつけにくるだろう。
ってな訳で、ヴィクトルさんとラーラさんが、急いでラ・ピュセルのお嬢さんがたとエストレージャにバーバリアンを連れて、転移魔術で菊乃井に帰還したという。
「そこを挫いてやろうかと」
「文句言おうとしたのに、言えないようにして追い返すってことか」
「はい。軍を掌握して二人には、味方など菊乃井には一人もいないと言う真実を噛み締めて頂きます。領地にいたところで領主としての機能が果たせない、そも果たす力もない。代わりに統治しているのは私だと、実績を積み重ねるのです」
「その実績を元に、伯爵夫妻はその地位に相応しい人間ではないとお上に訴える……と?」
「それが穏当なやり方だと思うんですよ」
「穏当ってそんな意味の言葉だったかしら……」
菊乃井の名物になりつつある、凍らせたフルーツを入れた天然炭酸水の蜂蜜割りに口を付けつつ、バーバリアンの面子が唸る。
私としては至極穏当だと思うんだよ。
「だって考えてくださいな。これ私と両親だから派手で陰険な親子喧嘩ですけど、領民を焚き付けたら一揆とか革命ですよ。そこまでにならないように、まず軍を押さえるんじゃないですか。軍って言ったって大概は領民、それも家を継げない次男・三男がほとんど。それと領民がぶつかるなんて身食いも同然だし悲劇しかない。ここはこどもをイビる大人未満を、腹に据えかねて追い出したくらいで納めるのが妥当線です。ロートリンゲン公爵にもそのようにお話しますし」
「そうだねぇ。皇帝陛下は菊乃井のお家の事情はご存じでいらっしゃるし、お言葉も直々にかけられたくらいだから、これであーたんに文句言いにくるんなら、力ずくで隠居してもらっても世間体は保てるよ」
「まんまるちゃんに頭を下げにくるなら兎も角、罵りにくるなら、それは陛下のお叱りを受け入れない不敬だもの。そんな不埒者には実力行使已む無しだよね」
「こちら側の体裁は整いますね。そこまで一気にやりますか?」
それに関してはちょっと悩み処だ。
二人には隠居する前に飲まさなきゃいけない事がある。それを拒めないようにするためには、もうちょいなんか欲しい。
権力を握れば別に二人の意向とか関係なしにそれをすることは可能だけど、後で誰も文句言えないように、手続きはできるだけ公明正大透明明け透けにやりたいんだよね。
「いずれ隠居はしてもらいますし、私としてはなんなら出家して俗世と縁を切っていただいても構わない。ただちょっと父にも母にも飲んでもらわないといけない事がある。そこにいくまでに自棄を起こされても困るので、とりあえず二人の間を私憎しという共通項目があっても、手を取り合えないくらいにズタズタにしておかないといけないと思うんですよ」
父と母には現行、お互いに利用価値がある。
父は軍人、軍を動かすことには長けている。母は菊乃井の正統な継承者。
二人揃えば私の方が少し不利だ。
だから父からは武器になる軍を取り上げる。
母は……あの人はお金次第でなんとかなるような気はするんだけど、父もそれは気づいている筈だ。
あの二人が決して結び付かないような亀裂を生じさせておかなければいけない。
何があるだろう。
「あー、もう! 情報が少ない!」
そうなんだよ。
あの二人の個人データーが無さすぎるんだよ、主に私の中に。
ちょっと話だけはしたけど、それにしたって二人ともいい性格してるってだけしか解らない。性格が良いじゃなくて、いい性格ってとこが味噌だ。
「くっそ、だいたいあの二人、なんて名前なんだよ。それすら分かんないっつーの」
キィッとなって親指の爪を噛むと、ラーラさんに目だけで「め!」ってされる。
お行儀が悪いことをしてしまったと思っていると、エストレージャとバーバリアンの六対の眼が私を凝視していて。
「ま、待ってください。今、若様、ご両親の名前を知らないって仰いました?」
「言いましたよ」
「え? そ、そんな……そんなことあるんですか?」
「あるんですよ。何せ私は去年の今頃まで自分に弟がいたことすら知らなかったんですから」
「うわぁ……」
「や、その、坊の両親って……」
「間違いなく人でなしですよ」
その子供の私だって紛うことなく人でなしだ。勝つためには決して手段を選ばないんだから。
くっと唇を嗤いに歪めると、大人しくひよこの編みぐるみで遊んでいたレグルスくんが寄ってくる。
「にぃに、いまのかっこよかった! ちゅよそう!」
「え? そう? もう一回する?」
「うん、れーもするぅ!」
ぴょんぴょん跳ねるレグルスくんと、ニヤッと笑う。
すると「二人ともそれすると迫力あるからやめたげて」とヴィクトルさんに止められた。
解せぬ。
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