第117話 花咲ける乙女たち

 ラ・ピュセルの衣装と同じ色のドレスをまとったマリアさんをセンターに、一歩下がってラ・ピュセルが並ぶと、厳かな曲が流れ始める。

 マリアさんが帝国劇場のお披露目の時に歌った「帝国よ、そは永遠の楽土なり」だ。

 静かな出だしに合わせてマリアさんが歌い始めると、それに付き従うようにラ・ピュセルのコーラスが入る。

 女神とそれに侍る妖精の戯れのような舞台に、客席の至るところから感嘆のため息が。

 サビに向けて高くなるマリアさんの声に、ラ・ピュセルのメンバーもきちんとついていってハモってる。


 「凄い……」

 「あの子たち、あのマリア・クロウの声を引き立ててるけど、全然負けてないわね」


 うっとりしたようなロミオさんの声に、ウパトラさんが応じる。

 ツンツンと袖を引かれて横を向くと、奏くんが顔を真っ赤にしていて。


 「あのさ、若さま。マリアさまのコンサートって、いくらくらいで見られるのかな?」

 「えぇ……っと、ちょっと判んないかな。でも菊乃井から帝都まで馬車で十日で、お宿にも泊まらなきゃだし……色々含めて凄く高いんじゃないかな」

 「そっか……」


 そう言って奏くんは拳を握りしめる。それからマリアさんに視線を固定すると、何かを決めたのか強い眼をする。


 「おれ、菊乃井のみんながもうかるようにこれからも色々考えるから。一緒にがんばるからな」

 「う、うん。どうしたの?」

 「いつか、じぶんでお金をかせいで、マリアさまのコンサート見に来る。そんでいちばんキレイなお花をわたすんだ……!」


 おぉう、燃えていらっしゃる。

 でも、ファンってのはこうある方が健全だと思うんだよ。

 コンサートに行ってお金を落とすだけでなく、お花渡すとか分かりやすい形で応援したり。

 前世では沢山の芸能人がファンに追いかけ回されたりして、結構しんどいことになってたみたいだけど、そういうことするのはファンじゃないと思う。

 前世の「俺」だって好きな菫の園の役者さんには、惜しみ無くつぎ込んだもんだし。

 推しが元気で綺麗に輝いて舞台にいること、それ以上の喜びなんてない。

 ちなみに今の私の推しは、ジャヤンタさんのお膝でマリアさんとラ・ピュセルの皆のお歌に合わせて身体を揺らしてリズムを取ってる。

 ひよこちゃん尊い。

 始まりと同じく厳かな終わりのフレーズに、マリアさんとラ・ピュセルの声が重なり、静かに消える。

 一瞬の静寂の後には、耳が痛くなる程の喝采が。

 しかしそれも長くは続かない。

 マリアさんが美しくカーテシーをすると、それに倣ったラ・ピュセルたちも同じくお辞儀して、それからポジションを変える。

 センターのマリアさんと横並びになると、軽快な前奏が始まった。

 いつもならメンバー一人一人のソロパートを、今日はマリアさんとデュエットで。

 今度はマリアさんが、ラ・ピュセルのメンバー一人一人の声に合わせて、見事に引き立てるようハモりを入れてくれている。


 「ラ・ピュセルのメンバーは、皆一人一人だと個性が強いが、誰かと歌う時はお互いに引き立つように歌うんだな」

 「自分だけじゃなく、一緒にいるひとのことを考えるって大変だろうに……」

 「でも、それって俺たちにも必要なことだと思う」


 カマラさんの呟きにティボルトさんとマキューシオさんが同意する。

 ハーモニーの語源はハルモニア、調和の女神を指す。

 全く出自も何も違う女の子たちが菊乃井で出会い、そして今また帝都で美しい不死鳥に出会って作り上げた旋律は、見事に空間にもそこにいる人々とも調和している。

 あちらこちらで子供も大人も、リズムに合わせて手をうち、身体を揺らして舞台を楽しんで。

 立ち見席では観客同士が肩を組み、にこやかに歌に聞き入っていた。

 舞台ではマリアさんもラ・ピュセルと同じ振り付けでドレスを揺らしている。

 それに合わせて、レグルスくんもジャヤンタさんも奏くんも、上半身だけ同じ振り付けで踊っていた。

 彼らだけでなく、観客席の子供も大人も男も女も、みんな。

 観客席と舞台が一体化した、美しく華やかなお祭りみたいなハレの場は、やがて終わりを迎える。

 ラ・ピュセルとマリアさんが観客席に向かって腕を差し出すようなポージングで、曲が終わった。

 熱気がどっと観客たちから吹き出して、万雷の拍手が劇場を満たす。

 全員が総立ちで、指笛を鳴らしたりラ・ピュセルやマリアさんの名を口々に叫び、称賛の声が大きな波のように客席を揺らした。

 鳴り止まない拍手と、惜しみ無い称賛の言葉と。

 しかし、これはコンクールでもある。

 結果を決めなきゃいけないわけで。

 「皇帝陛下の御前である、静粛に!」と、三度ほどアナウンスが入った後に、ようやく客席が静まり、マリアさんとラ・ピュセルの皆が揃って綺麗にお辞儀する。

 彼女たちが舞台からはけて再び緞帳が降りると、コンクールの審議に入ることに。

 結果が出るまで観客はいてもいいし、退出してもいいんだけど、誰も帰る様子が見えない。

 私もなんとなくソワソワしちゃうんだけど、私が焦っても仕方ないんだよね。

 そんな私のソワソワがレグルスくんにも移ったようで、ぴょこぴょこと身体を揺らしては、ジャヤンタさんの顎をふわふわ金髪でくすぐって笑わせていた。

 それから暫くして、大きな銅鑼の音が劇場に響く。


 「これより結果を発表する!」


 舞台のど真ん中にひょろんとした貴族の女性が出てくると、持っていた巻物を広げて読み上げていく。

 奨励賞とか何とかに、当然マリアさんの名前は出てこない。ラ・ピュセルも出てこなかった。

 名前を呼ばれた受賞者は、それぞれに受賞の記念メダルを受けとると、舞台袖にはけていく。

 そして誰もが固唾を飲み込んで見守る最優秀賞の発表。


 「皇帝陛下よりお言葉を頂いております」


 そうひょろんとした淑女が、書状を掲げて見せると、みな貴賓席に視線を走らせる。

 今の今まで陛下がいらしてることに気づかなかったけど、そりゃ大千秋楽だもの。いらっしゃるよね。

 ざわめきを納めるために皇帝陛下が手を振られたようで、貴賓席の近くから段々と静かになっていく。

 こほんとわざとらしい咳払いをして、淑女が書状を読み上げ始めた。


 「『最優秀賞についてはマリア・クロウと菊乃井少女合唱団ラ・ピュセルとで甲乙つけがたく、家族とも話し合った結果と本日の合同コンサートの結果を踏まえ、マリア・クロウとラ・ピュセル両名を一組とし最優秀賞を与える』との事です!」


 観客が総立ちになり歓声が上がる。

 私たちの席でもバーバリアンとエストレージャが抱き合って喜びを分かち合い、私とレグルスくんと奏くんも、ロマノフ先生やラーラさんと万歳を繰り返した。

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