第96話 のるか、そるか

 麗らかな陽射しの中で飲む紅茶は、程よい甘さの筈なのに口に苦い。

 書斎の飴色の机に置かれた報告書には、ロミオさんたち三人に巨大ゴキブリの卵を掴ませた連中に関する報告書が。

 ざっと目を通すと、自然ため息が出た。


 「ロミオ君たち三人にかけた情けが仇になりましたね」

 「アリョーシャ!」

 「いえ、まさしくその通りです。が、このままでは終わりませんよ」


 実は全大陸のギルドに向かって指名手配をかけた日の翌日には、三人を詐欺にかけた連中の動向は知れていたそうだ。

 しかし、奴等はなんと貴族お抱えの冒険者だったそうで、バックのお貴族様のお陰で引き渡し交渉は難航。

 その上、奴等の被害者ではあっても菊乃井に対して加害者であるロミオさん・ティボルトさん・マキューシオさんの待遇を引き合いにだして「彼らも無知ゆえに引き起こしたこと」と言い張っているそうで。


 「確かに菊乃井の件はそうかもしれないけれど、奴等には弱い冒険者を囮にして逃げたり、一緒に依頼を受けた冒険者を陥れて手柄を横取りするって余罪が何件もある。それまで『無知ゆえに』で片付けるつもりかな」

 「これはその後ろ楯の貴族とやらも、まともな貴族ではないかもしれませんね」


 静かに紅茶がテーブルに置かれる。

 確かに彼ら三人に対する処分は、見方を変えれば甘いの一言で、だからそこに付け入られる隙があったのだ。

 が、相手が貴族なら同じ貴族としてやりようがあるだろう。

 再び報告書に眼を落とすと、その後ろ楯貴族の名前があって。


 「このバラスと言うのはお隣の男爵家のことですか?」

 「そうだよ」

 「なるほど」


 バラス男爵とは菊乃井の隣に領地を持ち、もとは更に隣の公爵家の血族が、分家して領地を一部割譲してもらったのが始まりで、今でも多少は公爵家と血の繋がりがあるらしい。

 麒凰帝国では貴族の序列は、上から公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵・騎士となる。先生達が持っている騎士号は、この騎士号とはちょっと違うらしいけどそれは割愛。

 普通なら男爵が伯爵家に歯向かうことは考えられないが、強気な態度なのはもしかしたら男爵家の後ろに公爵家がいるからか。

 書類から視線をあげてラーラさんに投げると、「いいや」と首を横に振った。


 「ボクの情報網では、公爵の方はまっとうな……まんまるちゃんよりの貴族だよ。だから男爵家には手を焼いてるみたい。だけど親類だけに無下に切り捨ても出来ないから困ってるらしい」

 「そうですか。ではこちらが何か手を打ったとして、公爵家を巻き込むものでなければ手出ししてくる可能性は低いですかね」

 「積極的放置はあり得るかもしれませんね」


 それなら重畳。

 かつてその長いエルフ生で、冒険者ギルドのギルドマスターを勤めたラーラさんの、その頃に築き上げ、今尚裏にも表にも通ずる情報網から得た報告書も、公爵家の介入の可能性が低いと示唆している。

 そして、二人が苦い顔をしているのは、その報告書の中にある一文のせいで。


 「武闘会に出場させて、優秀な成績を残せたら恩赦を……とは。随分図々しいお願いをしてきましたね」

 「彼らに賭ければ損はしない。賭けによって得た儲けをロミオさんたちへの賠償金がわりにして欲しいだなんて……。おふざけが過ぎる」


 賭けとは、武闘会で公に行われるトトカルチョのようなもの。

 それで自分達に詐欺を働いた奴等に賭けろだなんて、どんだけ非常識なんだか。


 「しかし、それだけ件の冒険者達の腕に自信があるんでしょう」


 なら、状況を引っくり返す狙い目はそこだ。

 トントンと飴色の机を指で叩くと、私はラーラさんとロマノフ先生に視線を向ける。


 「あの三人に勝ち目はありますか?」

 「ボクのところに来た情報では、奴等の位階は中の上。ただし実力がそれほどあるのかは微妙。何せ中の下くらいの依頼でとんずらしてる」

 「対して三人の位階は下の中……なのはおかしい、強すぎる。上の下辺りが妥当だろう、という評判です」

 「なるほど」


 では何故男爵は奴等が優秀な成績を残せると思っているのか。

 そう言えばロミオさんたちは、奴等がとても立派な装備を身につけていたと言っていた。

 それだと考えられるのは、その装備に付与魔術がふんだんに使用されていて、奴等の実力を底上げしているってとこだろう。

 だったらそれをどうにかすれば、互角あるいはそれ以上の勝負には持ち込めるか……。


 「解りました、その提案に乗りましょう。ただし男爵には奴等に身代を賭けてもらいます。代わりに私はエストレージャにEffetエフェPapillonパピヨンのこれから発生する利権を賭けます」

 「……随分と大博打にでたね」

 「そんな訳ないじゃないですか。エストレージャの装備品には付与魔術と、逆に相手の付与魔術を無効化する魔術、更に相手の能力を大幅に下げる魔術を大量に付けますから」

 「淀みなくえげつないこと考えますね。さすが私の教え子」

 「いやいや、男爵が強気なのって、そういうことをあっちもしてるからじゃないですか。目には目を、歯には歯をです」


 だいたい戦闘するなら、最大限此方の力を生かすように準備をするのは当たり前のことだ。

 男爵お抱えの奴等が付与魔術をこれでもかと付加された装備を身に付けている可能性が高いなら、それを無効化する物を準備するのは当然の対策ではないか。

 売られた喧嘩は買う、それも二度と噛みつく気にならないように叩き潰すだけの準備をしてから。

 それにはまだまだ策がいる。


 「男爵に身代を賭けさせるとして、私がそういうものをエストレージャに賭けるとなると、何か策を講じていると警戒されると思うんですよね」

 「なら、表向き奴等に賭けておきますか?」

 「いえ、男爵には貴方のお金を賭けて賠償金を作り出して欲しいと告げてください。少しでも損をする可能性があるなら、それは賠償にはならないとね。賠償金額以上に儲けが出たら、それは男爵の取り分としてくれれば良いとも伝えて下さい」

 「なるほど、欲をかかせるんですか」


 こくりと頷く。

 最初は男爵も賭け渋るだろうけれど、ロミオさんたちと奴等が当たる時は冒険者の位階的に、奴等が勝つと大半の人間が思うはずだ。

 簡単確実に儲けがでると、身代を持ち出させるように誘導するのも可能だろう。

 その餌にEffetエフェPapillonパピヨンの利権を持ち出す。ただそれだけだ。

 そこまで持っていくためには、色々と算段が必要なんだけど。


 「ともあれ、奴等に三人が勝てないことには意味がないし、奴等に当たるまで勝ち続けて貰わなければいけませんね」


 菊乃井からの正式な交渉人は代官のルイさんに頼もう。彼なら堅実な条件──賭けは男爵の資産で行うこと──を持ち出しても違和感は生じないだろうし。

 情状酌量というのは、それまで法を順守し、善良に生きてきた人間を守るために存在する。それを逆手にとるならば、更に逆手に取って脚を引っ掛けてやろうじゃないか。


 「まんまるちゃんって、お腹のお肉は減ったけど、ちょっと中身が黒くなってきたよね」

 「まだまだこれくらいなら貴族としてはベビーピンクですよ」


 ……まだ大丈夫とか、貴族ってどんだけ悪どい存在なんだろう。

 ちょっと怖くなってきたんだけど。

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