第90話 続々・青天にローリングサンダー

 顎を外したのは晴さんだけでなく、ヴィクトルさんやラーラさん、ローランさんもだった。

 その中で一番復活が早かったのはラーラさんで。


 「……まんまるちゃんにも知らないことがあるんだね」

 「いや、私、こどもなので知らないことばっかです。見たこともないし、説明されたこともないものは解んないし、想像も出来ない」


 首を横に振れば、ラーラさんは「確かに」と頷く。しかし、晴さんはそれでは納得出来なかったようで。


 「知らないなら、聞いて作れば良いじゃない! 貴方、メイドだっているんだから!」

 「それは私に、雇用主の立場を笠に着て、従業員の女性に、下着の形状を答えさせるって嫌がらせをしろ、と?」

 「あ……」


 自分でもびっくりするくらい低い声が出て、それに付随して室内温度がちょっと下がった気が。

 「くちゅん」と可愛いくしゃみに、はっとして横を見ればレグルスくんのお鼻から洟がたらりと垂れていた。

 急いでハンカチで拭うと、宇都宮さんが恐縮する。

 晴さんが身を縮ませて、ぺこりと頭を下げた。


 「ご、ごめんなさい。今の言い方は考えなしだった」

 「いえ……。まあ、嫌がらせとまでは思われなくても、普通に異性に下着のこと聞かれるとか驚くし、答えるのも余りしたくないことじゃないです? 私も余り聞きたいことでも、聞かれたいことでもないですし」

 「そうだよねー。僕達だってあーたんが下着作って持ってきた時は、やっぱり多少は驚いたもん」

 「それは……必要に迫られたからで、その……」


 皆さんの顔を見ると、かぼちゃパンツが浮かんだからパンツ作ったんですとは言えない。

 だから、「氷輪様から教わったのですが」と、件の下着の紐が切れた冒険者の話をして納得して貰ったんだけど、そんな私の事情をヴィクトルさんやラーラさんが知る筈もない。

 私が皆さんにした下着の話を、今度はヴィクトルさんとラーラさんが晴さんにかくかく然々とやって。


 「……それで下着はあるけど、明確に女性用はないわけね」

 「はい。その……一応女性も履けるタイプも用意していますが、本格的な女性用となると……」


 形状が解らんことには、どうにもならない。

 だけど、聞くのは私の側の事情で憚られたから、見合わせた。

 それがEffetエフェPapillonパピヨンに女性用下着がないという状況を作ったのだ。

 すると、手をもじもじと組み合わせていた晴さんが、きゅっと両手を握りしめてから、口を開く。


 「だったら、私の下着を見せてあげる。それで形状が分かったら、作ってくれるんでしょ?」

 「それは……はい。でも、良いんですか?」

 「良いも悪いも、言い出しっぺは私だし……。それに、貴方の立場でメイドに下着のことを尋ねたら嫌でも答えなきゃいけないって考えてくれるひとが、それで悪いことしそうにないし」


 悪いことってなんだって思ったけど、聞かない方がいいって本能が告げている。

 とりあえず、見せてくれるなら見るし、需要があるなら作るのも吝かでない。

 頷くと、こてんとラーラさんが首を傾げた。


 「メイドさんに聞くのがダメなら、ボクに聞けば良かったのに。ボクは屋敷の雇用関係の外にいるんだから、権力とか関係ないだろう?」

 「男女問わず下着のことを聞くとか、マナー違反にはならないんですか?」

 「理由があれば、仕方ないんじゃないかな」

 「作ってみたいからって、理由になりますか?」

 「作ってみたいってだけじゃ、説得力にかけるよね」

 「……そういうことです。明確に困ってるひとや危険があるって解っていれば、ラーラさんにお願いしたと思います。でも現行困ってるとは聞かなかったので、興味本位にあたるかと思って聞きませんでした」


 需要がないなら供給したところで採算が取れない。

 商いをする以上、採算が取れないことには二の足を踏むのは当然のこと。

 だけど需要があるのなら話は別だ。

 実利につながるなら、聞くは一時の何とか。私の方に異存はない。

 そう伝えると、晴さんに「お願いします」と頭を下げられた。


 「女性ってね、そう生れたからには、ある程度大きくなったらある程度年取るまでずっと付き合わなきゃいけない身体の特徴ってのがあるの。その……血の道ってヤツなんだけど」


 頷く。

 それは確かに男性にはよく解らない話だ。

 晴さんによると、その血の道に伴う「血の道症」という不調があるそうで、軽い人でも普段より怒りっぽくなるし、重い人だと腹痛や腰痛、頭痛でのたうち回ることもあれば、動けなくなってしまうらしい。

 そうでなくたって、胸が大きければ肩が凝るし、下着が透ければ恥ずかしいし、結構な問題があるのだそうな。


 「はぁ、なるほど……。色々あるんですねぇ」

 「うん、だから女性冒険者は困ってるのよ」

 「でもそれ、女性冒険者だからって言うんじゃなく、女性全体的に困ってるってことじゃないです?」

 「え? そう? 家にいて家事やるだけのひとなら、別にどうとでもならない? 三食昼寝付の楽な仕事でしょ」


 うーむ、この人は何だかえらい偏ったひとだな。

 冒険者には冒険者の大変さがあるだろうけど、主婦には主婦の大変さがあるんだよ。


 「あのね、メイドさんにも主婦さんにもそれなりの大変さがあるんですよ」

 「命懸けってわけでもないのに?」


 コクコクと晴さんだけでなくローランさんも頷いて、思わずジト目になってしまったけど、私は悪くない筈だ。

 証拠に宇都宮さんの顔は笑顔だけどひきつってるし、ラーラさんやヴィクトルさんなんか思い切り呆れてるし。

 こりゃいかん。

 偏見に苦労してきたひとが、他の誰かに同じ苦労を背負わせている。

 これも全ては知らないから起こることだ。

 知らぬなら知らせてみせようホトトギス。


 「女性用下着の件は承りました」

 「ほ、本当に? やったぁ!」

 「が、条件があります」

 「報酬? どのくらいかかる?」


 きらきらと眼を輝かせている晴さんに、にこっと笑う。


 「当家で下着が出来るまで、メイド仕事を経験してください。貴女がいうように、メイドさんや主婦さんが簡単かどうかを学んでください」

 「な、なんでよ!?」

 「晴さん、貴女は女性であるだけで苦労を強いられたのだと仰る。偏見に苦しめられたのでしょう。でもその貴女も主婦さんやメイドさん、冒険者以外の女性に偏見を持っておられる。それは負の連鎖です。そして負の連鎖は知らないから起こる。だから知ってください。本当にメイドさんや主婦さんが『命懸けじゃない、三食昼寝付の楽な仕事』なのかどうか。ローランさん、貴方もです」


 私はやると言えばやる。

 ラーラさんの言葉通り、やるとしようじゃないの。

 「なんで俺まで!?」というローランさんの悲鳴は、私には全く聞こえなかった。

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