第89話 続・青天にローリングサンダー

 大事なことだし、伝えなくてはいけないと思えば思うほど、上手く言葉が出てこない。

 でも、言葉が出てきたら出てきたで凄く高圧的で攻撃的で、お願いとは程遠い態度になってしまう。

 それなのに自分は同じ態度で返されたら、ヒステリックに叫び返して。


 「そんな自分が嫌なのに、反省しても繰り返してしまう」

 「それは、難儀な性分ですねぇ」


 気が焦るのか何なのか、損な体質なのは確かだろう。一種のあがり症なのかもしれない。


 「まあ、でも、私の態度も誉められたものではありませんでしたし、それはもうお互い手打ちとしましょうよ」

 「そう言って貰えるなら、私に異存はない……です」


 立ち話もなんだからと、冒険者ギルドの奥にあるギルドマスターの執務室に場所を移すと、私の斜め横に座ったサンダーバードさんはうつ向いて小さくなっていた。

 サンダーバードさん───二つ名が蒼穹のサンダーバードというそうで、本名はハルさんだそうな。本人は二つ名が気に入っているから、もっぱらそちらを使っている。

 両親も冒険者だった彼女は、幼い頃から仮免冒険者だったし、それが長じて二つ名が付くほどの冒険者になった。

 両親が冒険者を引退して、儲けたお金で楽隠居すると言うので、つい最近独立して単独で世界を回っていて、菊乃井に立ち寄ったのはこの地のダンジョンを踏破したくなったから。


 「そしたらギルドで冒険者のために色々付加効果のある小物を安価で売ってるって聞いて……その……偽物掴ませてるんじゃないかって思ったの。それくらい安かったから」

 「ああ、EffetエフェPapillonパピヨンの冒険者向け商品は、布や糸自体は単なる布と糸ですからね」


 材料費が抑えられて、あとは私が刺繍したり歌を歌ったりして付加効果を定着させているだけだし、歌の場合は一度に何個もあるだけつけてしまえるので、労働時間の短縮も出来る。その分価格を抑えて販売しても、回収率は実はそれなりに良い商品なのだ。

 晴さんがこくりと頷くと、腰に着けていたポーチから単眼鏡モノクルを取り出す。


 「これ、アイテムの簡単な鑑定が出来るやつなんだけど、これを使ってEffetエフェPapillonパピヨンの商品を鑑定してみたら、貴方の言ってた通り安い糸と布が使われてて。でもきちんと付加効果……それは物理防御向上だったけど、付いてた」

 「当たり前だろうが。なんでギルマスの俺が、冒険者に偽物掴ませなきゃならんのだ」

 「だって! 私、ここのギルドのことよく知らないもん! 知らないけど……ギルマスの癖に、冒険者の上前撥ねたり中抜きしたりする嫌な奴がいるのは知ってるもん!」

 「それは……ギルマスとか何とかより、人としてどうなんですか……?」


 プンスコするローランさんをなだめ彼女の話を纏めれば、ようは他のギルドには平気で冒険者たちを足蹴にするようなギルマスがいて、ここでも同じように搾取が行われているのかと疑ってしまった、と言うことか。

 なんとまあ、冒険者の事情は知れば知るほど世知辛い。

 採取活動も安全なものばかりではないし、護衛任務も討伐任務も命懸けだ。肉体労働者の極みであろうに、その社会的地位は決して高くは無さそうだし。

 だけどそれは今論じることではない。


 「では、菊乃井のギルドとギルマスについては、誤解は解けたということで構いませんか?」

 「う、うん……じゃなくて、はい」

 「散々脅してなんですけど、私は爵位もなければ親とも仲が悪いので、私が何か言っても親は取り合いませんよ。だから普通にしてくださいな」

 「へ? そうなの?」


 きょとんとした晴さんに、けれど近くにいたヴィクトルさんが首を横に振る。


 「親御さんはそうだけど、ここのお代官さんはあーたんのシンパだから、気を付けてね」

 「ひぇ!?」


 シンパってなにさ、紹介してくれたのヴィクトルさんでしょうに。

 ちょっとジト目になると、ヴィクトルさんが肩を竦める。その脇腹を、ラーラさんが思い切りつつくと、ヴィクトルさんは声もなく悶絶した。

 ちょっと外野は放っておこう。

 で、だ。

 ギルマスとEffetエフェPapillonパピヨンの商品への誤解は解けたから、じゃあお得だし自分も何か買おうと思って陳列棚を見ていると、男女共用できるものがほとんどで。


 「女性冒険者をターゲットにした商品は少ないし、一番日常でよく使う下着なんかは男性ものしかないって言うじゃない。だからきっとこの商会は女性冒険者を軽んじてるんだって。そう思ったらカッと来ちゃって、ギルマスについつい詰め寄っちゃったの……」

 


 こういうのを絶句っていうのかしら。

 しょんぼりと肩を落とす晴さんに、私はおめめが飛び出そうなくらい驚く。

 確かに女性をターゲットにした冒険者用商品は少ない。しかし、EffetエフェPapillonパピヨンは明確に男性だけをターゲットにした商品も少ないのだ。

 けれど何事も例外と言うものがある。

 それが下着だ。

 理由は簡単、本当に作り方が解らないというか情報が少ないので作るに作れないっていう。

 だけど、それが原因なら誤解を解かなくては。

 決めて、口を開こうとする私を、ラーラさんが興味津々に見据えている。


 「EffetエフェPapillonパピヨンが女性冒険者を軽んじていると言うのは誤解です。が、それを説明するために、晴さんがお持ちの、なんの付加効果もない、刺繍が出来るような布製品と、針と糸をお貸し願えますか?」

 「そんなものでなんの証明が出来るの!? ……って、これだからダメなんだよぉ……」

 「ああ、はい。仰ることはごもっとも。でも百聞は一見にしかずです。何かありますか?」

 「うん、ちょっと待ってね」


 自分の瞬間湯沸かし器さにしゅんとしながら、晴さんがポーチから針と糸、それから無地のスカーフを取り出した。

 それぞれにモノクルを翳すと、鑑定結果は「なんの変哲もない針」と「なんの変哲もない糸」と「木綿のスカーフ」という、解りやすい結果が見える。


 「では晴さん、何の付加効果をスカーフにつけましょう?」

 「え……じゃあ、精神安定……」

 「解りました。ではこれから、晴さんの針と糸で、晴さんのスカーフに精神安定の効果を付与しますね」

 「へ……?」


 布に針を刺して、糸で形作るのはエルフ紋様の亀甲。固い甲羅が安定を意味するそうだ。

 前世にも着物の柄に亀甲紋様とかあったけど、あれにそっくりで六角形を六つほど連ねておく。その内側に花の模様を刺せば、精神異常に対して耐性があがるのだ。

 「青の手」と「超絶技巧」のお陰で、素晴らしく早く刺繍が出来上がる。

 それを差し出すと、晴さんは恐る恐るモノクルを覗いて、視線を外して、再びモノクルを覗いて。


 「な、んで、精神安定と精神異常無効が付いてるの……?」

 「あーあー、あーたん魔力注ぎすぎたね。コントロールが甘い」

 「う、ちょっと動揺しちゃったのが、コントロールに出ましたかね……」


 そう言うと、ヴィクトルさんが眉を珍しそうにあげる。

 私はキャンプファイヤーの歌以来、コントロールの精度を上げるのに血道を上げてきた。そのお陰か、魔力制御に関してはヴィクトルさんだけでなく、ロマノフ先生にもラーラさんにも「針の穴を通すほど」とお墨付きを頂いている。

 けれど思いもよらず、女性冒険者を軽視していると言われたことで、少し心が揺れた。

 私にそんなつもりはない。つもりはないけど、そう思われたのは、何処かに何か原因があるのかと。

 意図せず誰かを傷つけたのかと考えると、それが怖かったというか。


 「EffetエフェPapillonパピヨンの商品を男女兼用にしたのは、本当に偶々だったんです。男性にも私のように可愛いものが好きなひともいるだろうし、女性にもピンクより青の方が好きなひともいるだろうから。どちらでも手に取りやすいよう、どちらでも使えるようにしたかったというか」

 「そう……だったんだ」

 「はい。それとやっぱり価格を抑えるには凝ったデザインだと人件費もかかりますし……」

 「あえての営業努力だったわけね」


 頷くと、真剣な眼がこちらにひたりと当たる。

 もう彼女にも分かっているのだろう、どうして私が彼女の持ち物に刺繍をして見せたのか。

 答え合わせをするように、晴さんへと問いかける。


 「もう、お分かりかと思いますが……」

 「あなたがEffetエフェPapillonパピヨンの商会長で、職人なのね」


 頷くと、晴さんの顔から強張りが少し取れた。

 髪より少し薄い青の瞳からは険しさが消え失せ、なだらかな稜線を描く白磁の頬は薄い桃色を帯びて魅力的で。

 アーモンド型の眼は猫のようで、美人なんだけどとても可愛らしい感じにも見える。

 その猫のような雰囲気の人が、眉を下げてついでに頭もぺこりと下げた。


 「思い込みで文句つけてごめんなさい」

 「いえ。と言うか、先程のギルドマスターの件から察するに、女性冒険者が軽んじられていると感じるようなことがこれまであったから、晴さんは怒ったんでしょう?」

 「そうよ! そうなの! 女だからって非力だとか、役に立たないとか……! 挙げ句にこっちが努力して強くなって位階をあげても『ギルマスに枕営業したんじゃないのか?』とか言ってくるバカもいるし!」


 おぉう、それはそれは。

 火がついたように眦を吊り上げる晴さんに、ローランさんもヴィクトルさんも苦く笑う。ラーラさんは思うところがあるのだろうか、静かに頷いた。


 「モンスターが綺麗なお姉さんだからって手加減してくれる筈もないのにね、大人はおかしなことを言う」


 クッと喉の奥で嗤いを噛み殺すと、ごくりと息を飲む音と、ふと視線が集中していることに気付いた。

 首を傾げると、レグルスくんがキラキラした目でこちらをみてくる。


 「にぃに、いまのもういっかいして!」

 「ふぁ?」

 「いまの『クッ』て、もういっかいして! ちゅよそうだった!」

 「そぉ? 強そうだった?」


 いやん、兄上照れちゃう。ひよこちゃん可愛い。

 にへらと笑うと、ひよこちゃんも同じく笑う。

 すると地味な咳払いが晴さんから聞こえて。


 「貴方のスタンスは解った。でも、じゃあ何故下着だけ女性用のがないの?」


 素晴らしく真面目な顔で話の核心に迫る晴さん。

 その鬼気迫る表情に、私も誠実をもって答える。


 「それは……」

 「それは!?」

 「作り方がよく解んないからです」


 応接室に響いた私の言葉に、晴さんの顎が外れた。

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