第55話 藁しべ長者的ななにか

 どろりと胸の奥からどす黒いものが沸きだしてくる。

 許せないとか、そんな。

 ぎりっと唇を噛み締めて、荒れ狂うモノを押さえつけていると、ぐっと胸に何かが押し付けられる。

 その硬い感触にはっとすると、奏くんの真剣な目があった。


 「かおいろ、わるいぞ。はらへってるんだよ、焼きイモしよ」

 「焼きイモ……?」


 押し付けられたのはどうやらサツマイモだったようで、受けとると奏くんは鼻の下を人差し指で擦る。


 「とちゅうから難しくて解んなくなったけど、おれのためにおこってくれてんのは解った。ありがとな」

 「うぅん、ごめんね。奏くんのご両親を悪く言って」

 「まあ、かたづけしなかったおれもわるいよな。でも紡だってわるい。それでいいや」


 あっけらかんと、奏くんは言う。

 不穏になりかけた空気を払うように、にかっと笑ったそのままに、今度は息を詰めていた祖父・源三さんに、奏くんは手を振った。


 「じいちゃん、先に焼きイモしよう! おれもはらへった!」

 「あ、お……おうよ。奏、落ち葉集めな。エルフの皆さんがたも、焼きイモ食べなさるかい?」

 「ええ……頂きます」

 「あ、僕も。勿論ラーラも、だろ?」

 「有り難くご相伴に預かるよ」


 気配を殺していたかのように静かだったエルフトリオも、雰囲気が変わったのに乗っかるのか、焼きイモにはしゃぐ。

 おずおずとブラウスの裾を引かれて下を向けば、レグルスくんが眉毛を落としてモジモジしていた。


 「どうしたの?」

 「にぃに、むかちゅくってなに?」

 「ムカつくって言うのは『ちょっと嫌い』とかそんな感じかな」

 「にぃに、れーのこと、むかちゅく?」

 「そんなことないよ、レグルスくんはとっても可愛いです」


 ふわふわ揺れる金髪に顔を埋めると、お日様の匂いがする。

 胸一杯にひよこちゃんの匂いを吸い込むと、心にわだかまって澱むものが、少しずつ穏やかになっていく気がして。

 ぎゅっと抱きついてくるのを抱きかえせば、小さな身体の暖かさが気持ちいい。


 「……焼きイモ、きっと美味しいよ」

 「にぃに、やきいもってなぁに?」

 「おいもさんを焚き火して出来た熾火おきびの中に置いて焼くの。おいもさんが甘く焼けるんだよ」


 だけどあの方法だと、焼けるまでに時間がかかっちゃうんだよね。

 奏くんはすぐ食べたいみたいだし、どうするのかなと思っていると、エルフトリオと奏くんの活躍で落ち葉と枯れ木が小山と積み上がる。

 気分を変えるため、私もレグルスくんの手を引いて、うずたかく積まれたそれに近付いた。

 焚き火とかキャンプファイヤーって言うと、定番の歌があった訳で。

 確か原曲はフランス民謡で、「一日ひとひの終わり」ってやつ。

 本来の歌詞も素敵なんだけど、キャンプファイヤーで歌われるのは「燃えろよ燃えろ」だよね。

 何となく思い浮かんだその曲を口ずさむ。

 すると、ボンッといきなり大きな音がして、目の前に積まれた枯れ葉の山から火が上がった。


 「うぇぇぇ!? なにごと!?」

 「うわぁ! すげぇ!?」

 「きゃー! しゅごいのー!」


 唖然としていると、ぽふっと肩に手を置かれる。

 ロマノフ先生の手だったようで、見上げると先生は少し難しい顔をしていた。

 どうしたのか尋ねる前に、ラーラさんから少し尖った声がかかる。


 「まんまるちゃん、魔術を使うときはきちんと声をかけてからにしようよ」

 「は? え?」


 思いがけない言葉に目を見開いていると、私を見ていたラーラさんの表情が「あれ?」って感じに変わる。

 同じように困惑しているような雰囲気でヴィクトルさんが、焚き火を指差した。


 「これ、あーたんが魔術で火を着けたんじゃないの?」

 「わたしぃ? そんなこと出来ませんよぉ、基礎の魔素神経の構築が終わったとこだもの」

 「え? でも、あーたんから魔力放出があったけど……」

 「魔力放出?」


 なんだそれ。

 私はおろか、奏くんやレグルスくんもきょとんとしてしまっていて。

 誰かが魔術を使った際に見られる痕跡を魔力放出って言うらしいんだけど、それが私の身体から出てたとヴィクトルさんに説明されて、更に首を捻る。


 「私、お歌を歌っただけですのに」


 ぷすっと唇を尖らせると、それまで黙って難しい顔をしながら肩に触れていたロマノフ先生が、はっと目を見開く。


 「鳳蝶君、お歌を歌うとき、目の前にある落ち葉で焚き火してるようなイメージしませんでしたか?」

 「あー……と、焚き火してるイメージって言うか、あの歌自体が焚き火の時に歌うものって言うイメージがあってですね」

 「ああ、じゃあ、それでだよ」

 「それだね」


 頷くラーラさんとヴィクトルさんに、ロマノフ先生が眉間を揉む。

 私、何かやらかしたか。

 ドキドキしながらトリオを見ていると、ゴニョゴニョと三人で顔を付き合わせて話す。それから、私の肩をロマノフ先生ががしりと掴んだ。


 「明日から、きちんと魔術の勉強を始めましょう」

 「はあ……」

 「君の歌は魔術の詠唱と同じ効果を持つようです。それを知った上で魔術のきちんとした使い方を学ばなければ、君の意図しないことが沢山起きることになるでしょう。それがどういうことか、解りますね?」

 「はい……!」


 無意識で魔術発動なんて危ないよ!?

 さっきだって火の傍に誰もいなかったからいいけど、いたら大惨事だもの。

 こくこくと私が頷くと、ロマノフ先生だけでなくヴィクトルさんやラーラさんも頷く。

 と、背中をツンツンつつかれて、振り返るとレグルスくんと奏くんが、きらきらとおめめを輝かせていて。


 「なぁなぁ、今のって魔術か?」

 「うーん。そう、らしいよ?」

 「あれって、おれもできる?」

 「魔素神経を鍛えれば……多分?」

 「れーも! れーも、やりたい!」


 きゃっきゃはしゃぐ二人。

 これってもしかしてチャンスじゃないの?

 奏くんがここで勉強して魔術を使えるようになったら、もっと色々学ぶ気になってくれるかも知れない。

 ひいては教育の重要性を、他の人達にも意識してもらえる切っ掛けになるかも。

 よし、やろう。

 でも、魔術の教え方が解んないな。

 そう思っていると、レグルスくんがひょこひょこと農具入れに行って、立て掛けていた木の枝を持ってきた。


 「にぃに、わすれてる?」

 「おぉう、レグルスくん良く覚えてたね。ありがとう」


 姫君からお預かりした原初の笛だ。

 それを見て、ヴィクトルさんの顔が喜色に染まる。ヴィクトルさん、鑑定できるんだったか。だからこの笛がなんなのか解ったのだろう。


 「あーたん、それ……!」

 「これ、ヴィクトルさんへの姫君からの対価です」

 「こんな、貴重なものを僕に……!?」


 恭しく笛を仰ぐように跪いたヴィクトルさんに、周りは皆唖然としていた。

 そして、感極まったのか、綺麗なお顔でぐすぐすと泣き出すと、ぎゅっと私を抱き締める。


 「ぼぐ、い゛っ゛じょ゛う゛、あ゛ーだん゛に゛づい゛でぐぅ゛!」

 「ちょっと、なに言ってるか解んないです……」

 「あ゛ーだん゛の゛じだい゛ごどば、ぼぐがでづだっ゛であ゛げる゛ぅ」


 なんか、手伝ってくれるのね。それは解った。

 確かヴィクトルさんって魔術師としても、世界で屈指の存在なんだっけ。それならレグルスくんと奏くんに魔術を教えて貰おうか。

 ロマノフ先生が肩を竦めて、ラーラさんが笑いを堪えてるのか、何だか肩がぷるぷるしてる。

 良く解んないけど、とりあえずレグルスくんと奏くんの魔術の先生もゲットだぜ?

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