第54話 目には目を歯には歯を理不尽には理不尽を

 エルフと言うのは草や木、土に親しむ種族らしい。

 姫君から託された原初の笛を持って帰ってきた時、エルフトリオは庭で私と源三さんとレグルスくんで手入れしている庭の菜園で、きゃっきゃうふふと戯れていた。

 私とレグルスくんが姫君のところにお邪魔している間は、エルフトリオにはすることがない。

 暇だからとラーラさんがヴィクトルさんを伴って庭を散歩していたら、たまたま源三さんに出くわして、菜園に連れてきて貰ったら綺麗な白菜が出来ていて。

 収穫したいと言い出した二人に、私の許可がないと無理だと、これまた通りかかったロマノフ先生が口を出し、それなら他に何か手伝わせて欲しいということで、困った源三さんはエルフトリオに腐葉土作りを手伝って貰うことにしたそうな。


 「お客様にしてもらうことではねぇと存じてますが……」

 「あー……いや、ご本人たちが楽しそうなら構いませんよ」


 「でかいミミズがいるー!」とか「ふかふかの土が出来るね!」とか、ラーラさんもヴィクトルさんも歓声をあげてるし、枯れ葉を集めているロマノフ先生もニコニコしてる。

 はしゃぐエルフさんとか珍しいし、喜んでるなら別に良いんじゃないかな。

 ぼんやりと三人を眺めていると、さくさくと枯れ葉を踏みしだく音が背後からする。

 私も源三さんもレグルスくんもいて、エルフトリオもいるから、音の主はロッテンマイヤーさんか宇都宮さんだろう。そう思って振り返ったら、そこには知らない男の子がいた。

 意志の強そうな太い眉に、ちょっとぼさぼさの黒い髪、それからアーモンド型の黒い眼。背は私よりちょっと高いくらい。


 「え? 誰?」

 「お前こそ、だれだよ?」

 「こりゃ、かなで!」


 ムッとしたような顔をした少年に唖然としていると、源三さんが慌てて声を荒らげる。

 奏と呼ばれたその子が、大声に肩を竦めた。


 「孫がとんだことを……」

 「ああ、いえいえ。源三さんのお孫さんでしたか」

 「なんだよ!? じいちゃ……いだ!?」


 ドタドタと源三さんは奏くんに走り寄ると、その頭を強制的に下げさせる。

 「大丈夫ですよ」とひらひら手を振って見せると、押さえつけた手を緩めたけれど、源三さんの顔はちょっと怖かった。

 頭を擦る奏くんはちょっと涙目になってたし、レグルスくんはレグルスくんで人見知りを発動して、私の腰にぴったり貼り付く。


 「初めまして、菊乃井の嫡男・鳳蝶です。こっちは弟のレグルスです」


 名乗った瞬間に奏くんの顔から血の気が失せる。

 大人社会の地位とか何とかは、子供社会にも浸透しているらしい。


 「う、あ……か、奏です。あ、あの、ごめんなさい!」

 「んん? なんでごめんなさい?」

 「だって、お前とか言ったから……」

 「ああ! いや、別に気にしてませんよ。大丈夫、君のが年上だし。あ、年上の子に君とか言ったら偉そう?」

 「や、だ、だいじょうぶ! 気にしない!」

 「なら、良かった」


 「うふふ」と笑えば、ぎこちなく奏くんも笑う。

 確か源三さんには、私より一つ上のお孫さんとレグルスくんの一つ下のお孫さんがいたはず。

 と言うことは、奏くんは一つ上のお孫さんの方だろう。


 「菜園のお手伝いに来てくれたんですか?」

 「……その、お恥ずかしい話なんですがのう」


 ぽりぽりと禿げた頭を掻きながら言うには、奏くんは現在家出の真っ最中だそうな。

 だけど奏くんは家出の原因を話してくれないらしい。

 彼の両親からあらましは聞いているが、本人が帰りたがらない。

 親も意地を張るなら帰ってこなくてもいいと、源三さんの元にいるのが分かっているから、心配するどころか強硬姿勢だそうで。


 「じゃあ、帰らなくて良いんじゃないです?」

 「いやぁ、しかし……時間がたてば経つほど帰りにくくなるんでは……」

 「今帰っても奏くんのわだかまりが解けないなら、やっぱり繰り返しだと思いますよ。気が済むまでいさせてあげれば? 差し出口ですが、経済的な問題とかありますか?」

 「いやいや、独り暮らしの爺には余るくらい頂いてますじゃ。孫一人くらい養えますがのう」


 じゃあ、良いじゃん。

 そう思って、レグルスくんと準備体操を始める。

 うろ覚えのラジオ体操をしていると、きょとんとしていた奏くんが横にならんで運動し出した。


 「これ、なに……ですか?」

 「普通に喋ったら良いよ」

 「や、じいちゃんにおこられる」

 「そう? じゃあ、頑張って。私は別に普通で良いけど、困ることもあるもんね」

 「こまること?」

 「うん。私は別に気にしないけど、私以外の貴族のひとは気にするかもしれない。そしたら無礼だなんだって言われるかもだし。将来のために練習したら良いよ」


 何処か納得いかない顔で準備体操を続ける奏くんに、慣れてきたのかレグルスくんもちょっとずつ距離を縮める。

 すると、ぽつりと奏くんが溢した。


 「弟ってさ、ムカつくだろ?」

 「あー……奏くんはムカつくんだ」

 「う、だ、だって……アイツが何したって、わるいのはいっつもおれだし」


 少しばかり恨みがましい目がレグルスくんに注がれて、察しのいいひよこちゃんがぴよぴよと私の背中に隠れる。

 源三さんは私たち兄弟の事情を奏くんには教えていないようだ。

 「隠れなくて良いよ」とむずがるレグルスくんを、奏くんと対面させる。


 「あのね、私とレグルスくんは兄弟だけど、奏くんとことはちょっと違って、つい最近一緒に暮らしだしたの」

 「え? なんで?」

 「お母さんが違うから。レグルスくんはお母さんを亡くされて、こっちに来たの。それまで私はここで独りで暮らしてたから、レグルスくんが来てから毎日楽しいよ」

 「ひとりでって……父ちゃんと母ちゃんは?」

 「私は父にも母にも嫌われてるからね」


 ショックを受けた顔をしてるけれど、事実だし特に思うこともないんだけどね。

 で、その上で私は弟が可愛い。

 そう言うと、奏くんは物凄く神妙な顔をした。


 「で、そっちは?」

 「お、おれ……? おれは……」


 口ごもって俯く奏くんから視線をはずすと、きゃっきゃうふふしてたエルフトリオと源三さんがこちらを見ている。

 エルフトリオは単なる好奇心だろうけど、源三さんは割りと真面目に期待した目をしていて。

 奏くんの頑なさが、何処から来てるかってのを聞き出して欲しいんだろうなぁ。

 でもそんなの知らない。

 話したくなったら話すだろうし、話したくないことは話したくないんだよ、子供でも。

 準備体操も終わって、収穫用の篭を農作業具置きに取りに行く。

 するとレグルスくんと反対側に、奏くんが回った。

 一緒に来るらしい。


 「だってアイツ……おれのだいじにしてた木ぼりの犬、こわしたんだ」

 「うん」

 「だけど母ちゃんも父ちゃんも、『出しっぱなしにしてたお前がわるい』って、おればっかり!」

 「あー……」

 「あれは、おれがじいちゃんにつくってもらったヤツなのにさ!」


 奏くんの言葉をまとめると、源三さんに作って貰った木で出来た犬の玩具を、弟さんに壊された。だけど、壊されたのはそもそも片付けない奏くんがいけないと怒られてしまったと言う。

 本人は気づいてないけど、割りと大きな声だから源三さんやエルフトリオには丸聞こえで。


 「そりゃ、おめぇ。出しっ放しだったら壊されるべよ……」

 「だからって、なんでおれだけおこられなきゃいけないんだよ!」


 ため息を吐くような源三さんの言葉に、泣き出しそうな顔で奏くんが叫ぶ。

 うむ、と、私は重々しく頷いた。


 「うん、奏くんは悪くないと思う」

 「だろ!? 悪いのはつむぐなのに!」


 紡とは弟さんの名前だろう。

 しかし、私は「違う」と首をふった。


 「この場合、一番悪いのは君のご両親です」


 半泣きの奏くんと、弱り顔の源三さん、エルフトリオの目が一斉に点になった。


 「だって両成敗しなければならないのに、片方しか叱らないなんて片手落ちもいいところだ」

 「りょう、せいばい?」

 「うん。両成敗というのは両方をきちんと叱るとか、そんな感じ。私はね、奏くんのご両親が奏くんを叱った後で、紡くん? 弟くんを叱らないといけないと思う。私だったらそうする」


 何故なら、奏くんが玩具を片付けなかったのと、紡くんが奏くんの玩具を壊した事とは全く別の事柄だからだ。

 躾の一環で「自分の物は片付けなさい」と言われていて、それを守らないで叱られるのは致し方ない。

 そして「ひとの大事な物を壊してはいけない」と言うのは、躾より大きな真理の一つだろう。これも破れば叱られる類いのこと。

 そこに「出しっ放しにしていた」と言う因果関係を持ち込むから、奏くんだけを叱ってすませたのだろうけれど。


 「そりゃね、そこに置いてなければ玩具を壊さなかったかもだけど、そんなのはタラレバだもん。実際壊したんだから、壊したことについては叱らなきゃいけない。じゃないと、物を壊しても叱られない方法を、逆に教えることになるもの」

 「ふぁ!?」

 「だって、そうでしょ? これで紡くんは『おにいちゃんが片付けてなかった物を壊しても叱られない』って経験を積んだんだもの。ちょっと狡い子なら『だって片付けてなかったもん』って言い訳にすると思うけど?」

 「いやいや、紡はまだ二歳ですじゃ。そこまで知恵はついとらんです。それに親は紡を叱らんのじゃなく、二歳児じゃし言うても解らんからと……」

 「言うことが解らないから何しても構わないんですね? それなら奏くんのご両親が畑を持っていたとして、それを野獣に荒らされたとしましょう。私は同じ境遇の他所の家には見舞金を出しますが、奏くんのご両親には出しません。獣には言い聞かせることが出来ないから、諦めてください。極端に言えばそういうことですよ、これ」


 言っても解らないから叱らない、言って解るから全部の責任を押し付けて叱る。こんな理不尽が許されていいだろうか。

 私の言葉が余程衝撃的だったのか、ごくりと源三さんが息を飲んだ。

 ざわざわと風が吹いて木々が揺れる。

 私は今、きっと酷い顔をしているだろう。証拠に、レグルスくんが、ぎゅっとブラウスの裾を引いて、心配そうな顔をしている。

 奏くんの眼に写る私は、どんよりと曇った目をしていて。

 胸が焼けつく。

 大人は理不尽だ。なのに同じ理不尽を返されると、酷いと相手を詰る。

 でも、私だって同じくらいに理不尽で。


 「……ごめんね、源三さん。私はやっぱりどうしようもない」

 「若様、どうしなすった?」

 「奏くんのご両親は私の両親じゃない。でも、私はその理不尽が許せない。……自分で思う以上に、私は親って生き物を憎んでるようです」


 だけどこんなの八つ当たりだ。

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