第29話 何でそうなるの!?
某灰色的な地球外生命体の捕獲シーンのように、大人二人に両脇を挟まれて連行されたのは、隣の宿屋兼お食事処の厨房だった。
キッチンは何だか昭和三十年代ってテロップが付きそうな雰囲気で、凄く小ぢんまりしてる。
調理台の上には豚肉のブロックに、卵、パン粉、小麦粉が鎮座していて。
「本当にこんながきんちょに料理なんか出来るンすか?」
懐疑的な眼差しを向けてきたのは、料理屋兼宿屋の主人で、茶髪で目付きがちょっと悪くて眉毛がない若いお兄さん。
なんでも去年親父さんが亡くなってから、彼がお母さんと一緒にお店を切り盛りしてるそうな。
もうちょい若い頃に柄の良くないのと付き合ってたのを、ローランさんに凹まされたそうで、頭が上がらないようだ。
そもそも、菊乃井領の商店街に店を構えている人は、大抵何らかの形でローランさんにお世話になっているらしく、菊乃井には残念ながら商人ギルドも職人ギルドもないから、商店街は横の繋がりを大事にしていて、ローランさんはご町内のご意見番と言うか自治会長のような存在なのだろう。
ここに来るまでにロマノフ先生から教わった話で、父がローランさんに会いに来たのも顔役としてローランさんに減税を皆に伝えて欲しかったのだろう、と。
閑話休題。
小さな椅子を踏み台にして、エプロンと包丁とまな板を借り受ける。
ざっと刃を見るにちょっと切れ味良さそうだから、気を付けないと。
充分に手を洗ってから肉の塊をまな板に乗せると、眉毛がないお兄さんが吠えた。
「その包丁は死ぬほど切れっかンな!指ぃ切ンなよ!?」
「はい、ありがとうございます」
鮮やかなピンク色の肉に、目映いほど白い柔らかな脂。ゆっくりと刃を滑らせると、解けるように肉が分かたれる。
今度は申し分ない厚みに切り分けた肉を、まな板に置くと、脂肪と肉の間に包丁を入れて筋を切って、その背でバンバンと叩く。
鼻唄は料理といえばこの曲な、おもちゃの
満遍なく叩いて叩いて肉の形を整えたら、今度は塩コショウ。胡椒はお安いわけではないけど、貴重品というほどでもないらしいから、確りと。
下味を馴染ませている間に卵を割って、小麦粉とパン粉を別々の皿に出して……なんて、小さい手じゃ何だか上手く出来ない。すると、むすっとしながら眉なしのお兄さんが厨房に入ってきた。
「卵割ってどうすンだ。かき混ぜンのか?」
「はい、まずはかき混ぜてください」
「おう」
ちゃっちゃかちゃっちゃか、ボウルの中で菜箸が動いて卵が程よく混ざる。本当はバットか何かあればいいんだけど、ないから縁のあるお皿に卵を流して貰うと、やっぱりむすっとしたままお兄さんは次の作業を促してきた。
「次は?」
「お肉に小麦粉つけてください。余計な粉ははたき落としてくださいね」
「おん。で?」
「えーっと、粉を付けたお肉を卵に潜らせて、満遍なく濡らして下さいな。それが終わったら次はパン粉」
「うし……、パン粉も終ったぞ。これも余計なのは落とすのか?」
「はい、落としてください。それが出来たら、もう一回小麦粉、卵、パン粉の順で付けてください」
「あ?またか」
ぶすっとしつつも、お兄さんは丁寧にお肉を扱う。その間に私は揚げ油の用意をしようとすると、「危ねぇから」と止められて、どうやらお兄さんがしてくれるらしい。
じゃあ、キャベツでもきっておこう。
しゅたたんっと千切りキャベツを量産してる間に、お兄さんが菜箸を油を熱した鍋に突っ込む。すると静かに泡が立った。
「お肉を入れて揚げて行きます。薄いきつね色になったら、油切りに置いてください」
「ん……」
余り弄らずじっくりと中まで火が入るようにしていると、肉が薄いきつね色に揚がる。取り出して油を切る間に、鍋の温度を上げて。
「そんでどうすンだよ」
「菜箸を油の中に入れて激しく泡が出たら、お肉を油に入れてもう一度揚げます。これで衣がサクッと仕上がります」
「解った……」
お肉を揚げて貰ってるうちに、お皿にキャベツの千切りを乗せて、冷蔵庫を漁らせて貰えば、レモンと大根があったのでちょっと貰う。
大根おろしに、カットレモン、それから酢と醤油とレモン汁で簡易のポン酢も作って。
「はい、トンカツですよー」
「おお、これが……」
そう言いつつ、ロマノフ先生が最初のひと切れを口にする。
サクッと衣を噛む音が耳に心地よく響いたのか、ローランさんも続いてトンカツを口に放り込んだ。
「ほっ!こりゃ良いわ。歯ごたえはサクサクしてるのに、肉は柔らかい。その上肉汁もたっぷり出てくるし」
「食いでもありますし、中々いけますね」
「あ、レモン搾っても良いですし、大根おろしとポン酢もあいますし、お塩やお醤油でもいけますよ~。冷めちゃったら玉葱やおねぎと一緒に甘辛く煮付けて卵でとじても美味しいですし」
わいわいと二人が食べるなか、おずおずと眉毛がないお兄さんが箸をトンカツに伸ばす。
ザクリと良く揚がった衣を噛み締め、咀嚼して頷くと、それからまたレモンを搾ったものや、おろしポン酢を付けて食べて。
箸を置くといきなりガバッと頭を下げられた。
「『こんながきんちょが』とかナマ言ってすンませンっした!」
「うえ!?や、別に気にしてないです……」
がきんちょなのは事実だし、生意気に見えるのも事実だろうし。
だけど根が真面目らしいお兄さんは中々頭をあげない。
どうしたもんかと思っていると、お兄さんがいきなり私の足元に跪いて。
「これからは師匠と呼ばせて頂きます!」
……どうしてこうなった!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます