第23話 労働のオススメ

 鳩が豆鉄砲食らうって、こう言うことなのか。

 笑うロマノフ先生を三度見くらいしてから「へ?」と間抜けた声が喉から飛び出た。

 お小遣いを用意する。

 遠足のおやつは三百円までですよ、とか言うみたいに気楽に行ってくれますが、その三百円は何処のお財布から出るのでしょうか?

 考え込んでいると、ぷにぷにと頬をつつかれる。

 ロマノフ先生ってぷにぷに好きなのか。隙あらば私の肉付きの良すぎる頬っぺたをもちってくるような。

 いや、それよりも、だ。お小遣いってことはお金。お金を手にいれるには、貰うか奪うか稼ぐしかないわけで。


 「あの……働き口はありますか?」

 「普通は、無いんじゃないですかねぇ」

 「ですよねー……」


 農家のこどもや商家のこども、職人のこどもなら、家業を手伝うことで、お小遣いを貰うことも出来るかもしれないけれど、それは家業がある場合、かつ、こどもを養った上で小銭を与えられるほど裕福ならば、だ。しかし、私は単なる貴族のこども。

 お小遣い以前に、考えてみりゃ、一番人道にも文明にも寄与してないわ。

 えぇ……じゃあ、どうすりゃ良いんだろう。


 「普通は無いかもですが、鳳蝶君にはありますよ」

 「は?」

 「君のスキルはどういう類いでしたっけ?」


 よっぽどアホ面を晒してたのか、出来の悪い生徒を諭すように、ロマノフ先生は続ける。


 「お針子さん、或いは手を使う職業のひとの憧れの『青の手』ですよ。それを生かさない手はありません」

 「はぁ……『青の手』ですか……」

 「イマイチ、イマニくらいピンと来てないみたいなんで説明しますが、何時だったか貴方に空間魔術の話をしたのを覚えていますか?」

 「はい、えぇっと……」


 空間魔術は四大精霊に呼び掛けて行使するもので、莫大な魔力と引き換えにかなり便利だとか、使えるひとはレアだとか。

 思い出したことを口にすれば、パチパチと拍手が。


 「空間魔術に関してはそれで良いでしょう。でも、そっちじゃありません」

 「えーっと、他に何かありましたっけ?」

 「君のウェストポーチにマジックボックスの魔術を付与した対価。あれはなんでしたかね?」

 「ああ、ロマノフ先生のマントにしたエルフ紋様のコンドル十羽と、私が刺繍したハンカチ……んん?」


 そう言えば、あの時なんかびっくりするような事を言われた気がする。

 なんだっけ?

 あー、喉まで来てるのに思い出せない。ジタジタしていると、ロマノフ先生がくふんと口角を上げた。


 「私の空間魔術付与と君の刺繍は充分等価交換だと言いましたね。さて、何故か……」

 「えーっと、えーっと……あ!?」


 魔術を使う際、呼びかけに応えてくれる精霊たちは、『青の手』や『緑の手』を持つ者の作品や育てた物を好み、それらを持っていると勝手にブーストをかけてくれるとか、なんとか……!

 喉の奥に刺さった小骨が抜けたような爽快感に酔いしれて、しかし、はたと気づく。

 それとお金を稼ぐのと、何の関係があるのさ。

 頭にいくつも疑問符を浮かべた私に、ロマノフ先生がいつかの対価に渡した蝶々の刺繍入りハンカチをポケットから取り出して見せる。


 「魔素の扱いに補正をしてくれるということは、魔術を使う時に補正が掛かるばかりではなく、受ける時も手助けをしてくれます。ダメージなら少なく、回復量は多くしてくれると言う具合に」

 「そうなんですか……。で、それとお仕事がどう結びつくんですか?」

 「うーん、まだ察しが付きませんか。君は自分のこととなると認識が甘いと言うか、自己評価が低いと言うか」


 そうかな、過不足なく白豚なのは把握してると思うんだけど。


 「魔術を使うのにブーストをかけたり、魔術によるダメージを減らしてくれたりする道具は概ねかなり高額で売れるんですよ。なにせ『青の手』なんて熟練の職人しか普通は持ち得ないスキルです。そんな名工の手になる道具なんて希少で高価なのは当たり前でしょう?」

 「……スキルに関してはちょっと何とも言えませんが、名工の品がお高いのは解ります」


 本来『青の手』は五歳児にはあり得ないスキルってことも解った。

 とりあえずそれは前世の俺の培った技術がかなり高かったと思っておこう。

 それはそれとして、それがどう商売に結び付くんだ。

 首を傾げると、先生が部屋のすみに置いてあるハンカチやら布の山を指差す。

 前に、魔術が使えるようになったお祝いに、しこたま手芸の材料を買って貰ったんだよね。


 「あのハンカチ……そうですね、五枚ほどの四隅に、エルフ紋様のコンドルを刺繍して貰えますか?」

 「はあ……明後日の朝くらいまでで良いですか」

 「君が体調を崩さない、無理のない範囲で結構ですよ。でね、それが出来たらとある所にお連れします」

 「とある、ところ……?」

 「はい。いずれ君を連れていこうと思っていた場所なんですが、予定より少し早くなっても良いでしょう」


 どこかしらん?

 と言うか、ロマノフ先生って結構長いスパンで私の教育計画立ててくれてるんだなって改めて思うんだけど。

 魔素神経が定着するまで一年かかる予想とか、何処かに連れていこうと思っていたのが予定より早くなったとか、凄くきっちり色々教えようとしてくれてる。


 「あの……先生、いつもありがとうございます」

 「なんですか、藪から棒に」

 「だって先生、私の魔素神経が定着まで一年はかかるって予想しながら勉強させてくれたり、課題のある場所に行く予定を立ててくれてたり、それって私の家庭教師を長く続けてくれる気だってことですよね。ボランティアなのに」

 「んん?ああ、そういうことですか……」


 顎を擦るとロマノフ先生が笑う。


 「エルフは短くても二千年は生きる生き物ですよ。そのうちの五年や十年を家庭教師として過ごすのも、冒険者として過ごすのも、そう変わりのあることではありませんから」

 「そうなんですか。それでも先生の五年や十年を無駄にしたと思われないような生徒でありたいと思いますので、よろしくお願いします」

 「いやいや、五年や十年と言わず百年くらい使ってもらって大丈夫ですからね」


 にやっと凄く良い笑顔を浮かべたあげく、バチコーン!とウィンクくれたけど、流石に百年とかないわ。


 「先生、私、確かにアホの子ですけど、流石に百年もアホの子とかはないかなって……」

 「いや、そういうことじゃないんですけど」


 眉が八の字に落ちる自覚をしながら言えば、先生の目が丸くなる。

 じゃあ、どういう意味なんだろう。

 突っ込んで聞くようなことか判断が出来ずにいると、「まあ、おいおいね」と先生の方からこの話を終わらせてくれた。

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