第58話 懺悔
「――レオンは、よくラメルを支えてくれた。エルーを保護し、軟禁状態のラメルに接触し手がかりを得て、その後ノイアワールへ面会にいき、辺境からあそこまで駆けつけた。誰にでもできることじゃない」
「…………余計なこと、したかもしれませんけどね」
例えば軟禁状態のとき接触しなければ。
ノイアワールへ面会に行ったとき剣を置いてこなければ。
そうしたら、戦おうとせずに、まだ生きていてくれただろうか。
「いや、あいつなら、たった一人でも戦おうとする。そして実際にそうする。そんな強さを持っていた」
「……そうっすね。先輩なら、丸腰でも乗り込みそうだ」
「だろう?」
身体は冷えてきた。手先がかじかんでくる。
それでも生きている。
目の前の人と違って。
「殿下は、きっと俺の馬鹿正直なところを買ってくれているのだと思います」
「そうだな」
であるならば。
内に秘めることはやめよう。
「俺は、先輩が戻ってくると、疑ってなかった」
「ああ」
「だから俺は、ファルシオンを渡さなかった」
「……ラメルの、最初の剣か」
専属騎士を除名されたときに、刀は全て没収された。
唯一免れたのがファルシオン。
「はい。エルーさんを連れてモルボルに帰ったとき、修理したんです。だからツヴァイヘンダーのように折れても、セイバーのように行方不明になってもいない」
「それは仕方のないことだ」
「いえ。渡せなかったんじゃない。渡さなかった」
「……」
静寂を断ち切るように、すべてを吐き出すのだ。
死者がとどまってくれているうちに。
「修理は終わって、持って帰ってきていた。だからノイアワールへ置いておくこともできた。だけどそうしなかった」
剣を置くと、戦えと言ってしまうような気がした。
守りたいのに、剣をとれと。
「あの剣が一振りあれば。そうしたら。なにか変わったかもしれないと、そう思うと」
こんなことにはなっていないのかもしれないと。
「……あのときどうすればよかったか、は、誰にも分からない」
王子がタオルケットを強く握った。
「俺も、お前も、みんなラメルを争いから遠ざけようとした。それでもラメルは向き合うことを選んだ。剣をとった。騎士であろうとした。その結果はみんなで負うべきものだ。ラメルだけでなく、俺たちも」
きっと生きていくのだろう。背負って、忘れず、生きていく。
守りたいという願いを掲げ、共に戦う選択をとらなかった自分たち。
かたや戦い続けた女流騎士。
「――夜明けだな」
薄暗がりは明るくなっていく。
生者を置き去りに、死者が去る。
「国葬、出れるか?」
「はい」
「ラメルのことは、よろしく頼む」
ろうそくはすっかり短くなっていた。
「わかっているな、おまえは、生きろ」
王子は疲れを見せぬ足取りで、部屋を後にした。
最後まで、彼女は目を覚まさなかった。
†
「ここにおられましたか、殿下」
ある墓の前に、花を手向けていたレインは、声の主に振り返った。彼の専属騎士も、花束を抱え、備えた後手を合わせる。
墓に刻まれた文字は、ある少女の16年の生涯を示していた。
「ああ。忘れないために、毎年」
風に、青い海が揺れる。
「おまえにはいつも迷惑かけるな」
専属騎士はくすりと笑う。
「慣れてますから」
彼はそういって墓のそばを離れると、国王の会話が聞こえないところまで下がり、見守った。
†
先の事件の犠牲者は、すべて国葬となった。犠牲者を出した騎士団も、警備だけでなく参列者として参加する。ジル・レオンも、同僚として、親族代理として、先輩である女流騎士の棺の側についていた。
王族が一人一人の棺に立ち寄っていく。
そのなかでも、専属騎士、ラ・メール=イスリータの弔いは、王子の滞在時間が一番長かった。
王子は棺の中に、折れた剣と彼女が持っていた制服、そして一つのイヤリングを入れた。
「本当は生きてるうちに渡したかった」
そう微笑んで、棺をあとにした。彼が送り出さなければならないのはラメルだけではないのだ。
「すぐには無理だけど、そのときまで待っててくれ」
空は、あの時と同じように青い色だった。
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