第54話 貴方さえ守れたのなら


 剣はぼろぼろだった。ヒビが無数に入り、いつ壊れてもおかしくない。血を何人も吸った分切れ味も落ちている。当て身を食らわし蹴りを入れても当たり所が悪ければ意識を保ったままだ。面倒な事この上ない。

 だけどここで死ぬわけにはいかない。

 ラメルは最悪な状態の中、それでも剣を振るった。

一心同体のツヴァイヘンダーは、持ち主の思い通りに眼前の命を奪う。

「……化け物だ、あいつ」

 兵士の一人はそうつぶやく。

 ノイアと違い、シェルでは同じ主君に仕えることなく、雇用条件によって主人を転々と変える。ここまでして戦うラ・メールの姿に恐怖すら覚えていた。

 一人、二人と戦線を後ずさる。しかし仲間の手前、自分を騙して前へ出る。

 誰が見てもノイアが優勢だと分かるようなときだった。


戦場に不似合いな音が響く。

今にも落ちかけている教会の鐘が揺れていた。


「聞け、両国の戦士よ!!」

 レインの声が朗々と響く。

「これ以上無駄な血を流すことはない!ノイアの騎士よ、剣を引け!!」

 騎士たちは戸惑いながらも、警戒を続けながら戦闘態勢を緩める。

「聞きなさい、わが国の同胞よ!」

 ルフランも高い声を厳かに張り上げる。

「わが父の命により、我らは謀略を働きました。私たちはそれらの姦計を、ノイア王国に謝罪しなくてはなりません。謀が達成できなかった以上、我らは国からも見捨てられるでしょう。私達はこれ以上無駄に命を捨てないため、非を認めねばなりません」

 王女の声に、兵士らは呆然としている。

「勝手だと分かっています。ただもうその方法しか助かる方法はないのです!」

 ラメルはそろそろと、兵士らの輪から抜けた。

 本能がうずく。

 一刻も早く二人の下へと行かねばならない。

 ラメルは注意を引き付けるため、教会を出て暴れまわったのだ。二人は教会にいる。空振りに終わったジル・レオンがこちらに戻ってきていないのであれば。

 護衛するものがいない。

「なにを、今更」

 そういって剣を取り落とすもの、泣き喚くもの、さまざまだった。

円満に解決するなどと、思ってはいない。

「きさまらあ!!」

 こういって暴走する兵士が出るのも計算済みだった。

 ただ、これらは他の騎士が気絶させるかして排除するだろう。

 だが、一人が暴走すると、連鎖が起きた。

「――!」

 教会に近い陣営は、シェルのほうが数が多い。

ラメルは痛む腹部を押さえながら走る。

 はやくいかなければ。はやく行かなければ。

 私は、一人になりたくない。

 あんな暗くて冷たい気持ちはいや。

 ずっとそばにいたいだけ。

 ただそれだけ。

 神様がいるというのなら、どうか教えてください。

 それさえも贅沢なのですか。

 許さないというのですか。

 涙で前が見えなくなっても、ラメルは剣を握り締めて走り続けた。

 誰かの躯を踏んだ。

 血のにおいを改めて感じた。

 それに躊躇するほど、まわりにかまっていられなかった。

 

「……レイン、ごめんなさい――」

 ルフランは、己の無力さを悔いていた。

「まぎれていた父の手のものが焚きつけたのね。……もう止まらない、とめられないわ。貴方達の騎士が動かなくても、私の国はこれ幸いと攻めてくるだけでしょう……」

 泣いたルフランの手を、レインは握る。

「大丈夫だ。大丈夫だから。ノイアの騎士を信じろ――っ!」

 レインはその場に乱入した姿を見て、片手で兵士を迎えた。

「おまえは、自分が仕える主君を斬るか――!?」

「最後まで戦わずして頭を下げる主君など知らぬ!!」

 ルフランは青ざめた顔でその場に固まった。

 二人は競り合う。少しでも緩めたら、待ち受けるのは死だ。

「貴様それでも従者の端くれか?」

「契約しているだけだ!そして我が主は国王のみ!」

 レインは無言で当て身を食らわし、気絶させた。

「……火を起こして。眠りの香をたきます」

 レインは首をかしげる。考えずにはいられない。

 一歩間違えれば味方さえ巻き込む。

「大丈夫。裏切る真似はしない。風向きだって計算するわ」

 ルフランは震えながらも、毅然と言った。

 ラメルはばたばたと倒れていく兵士を尻目に王子達に近づいた。

 何かの煙が目にしみる。ルフランが香でも焚いたのだろう。

 シェルの兵士が固まっている地点に煙が直撃しているようで、彼らの動きが鈍り、それを騎士たちが次々と昏倒させていく。

 それでも効かなかったものがいたらしく、襲い掛かる兵士もいる。

 騎士団たちも善戦しているが、怒り狂った人間相手に苦戦しているようだ。

 だがもう少しで二人のもとへとたどり着く。そうしたら最悪の事態は避けられる。ジル・レオンも、そろそろ廃教会に合流するだろう。

 そんな期待を打ち崩すかのように、6人組が廃教会に接近していた。前方で3人、少し遅れて3人。先頭集団が王子達に襲い掛かるのが見えた。その後ろから、後輩の飛び道具が追ってきて一人を黙らせる。

 王子が戦えるといっても、万全ではない。そして守るべき姫がいる以上、この状況は危険すぎる。

 騎士団たちは遥か彼方。

間に合わない。一番近いのはこの自分。

 ラメルは死力を振り絞り後ろから切りかかった。

 まずは一人。

 大柄な兵士はレインの剣をかわして圧倒的な力で折ったあと、にやりとして王子にきりかかる。

 彼は体をそらせて致命傷を避けたが、足をやられた。

「!!」

 叫んで滑り込むように体をねじ込む。今袈裟切りの刃はラメルの肩と左足を襲った。

「ラメル!」 

 かくんと膝を落としながらラメルは折れている剣を心臓に突き刺す。

「いやあっ!!」

 右肩をかすったルフラン。ラメルは今しがた倒した兵が取り落とした剣をとると、腰が抜けて動けない彼女のほうへ、右足だけの瞬発力で向かう。

 左肩を斬られながら、首筋を剣でなぞる。体をめぐる液体の大部分がまずはラメルに、すこしがルフランに降りかかった。

「ぐっ!」

 右足に力を入れすぎたため、足が音をあげたらしい。

 このような事態に疎いルフランの目にも、右足が動かない事は明らかだった。

「やめろラメル!もうやめろ!」

 ぺたんと座り込むラメルは、もう限界だった。

 出血箇所は両肩と左足。腹部も傷口が開き、ブラウスの白い部分を見つけることが難しい。

「お願いよ、全部私のせいなの。……もうやめて――」

 ルフランが軽くブラウスを引っぱるが、ラメルは優しく手を払った。

「……私は、騎士ですから」

 レイン王子が立ち上がろうとするのを、ラメルはにらみつけた。

「いいかげん自覚してください!あなたは守られる側の人間です!あなたが死んだら国はどうなるんですか!!」

 息をついたあと目前に迫ってくる兵二人を3人は認めた。

 ラメルはゆっくりと呼吸を整え、レインだけに向かってつぶやいた。

「……ごめんなさい」

 さびしげな後笑って、彼女は目を逸らすことなく敵を見た。後ろにレインとルフランを抱え、最初にきた太刀筋を見極め、右手を突き出す。

 手のひらから血がにじむ、白羽取り。顔をこわばらせながら、刀を決して離さない。

「私は騎士です。レイン王子を、王子の親しい友人を必ず守ります」

 真っ赤な血を手のひらから流しながら、ぎりぎりと兵を止めている。レインが膝立ちでできる限りのスピードでラメルと対峙し合っている兵を刺した。兵が顔色を変える。その体から、剣が飛び出した。

 後ろに控えていたもう一人の兵が、味方を盾にしてラメルを貫いたところだった。

 貫通する事はなかったが、慢心創意のラメルに、この一撃は重すぎた。

「あーーーー」

「え――」

 二人が呆然としている中、二重の剣戟を受けた兵士が横に崩れる。勝ち誇った兵の顔が見える。

 ラメルはあいていた左手で、大きな剣の、すでに欠けてしまっていた先端の部分を、相手の喉下に投げていた。

 破片は失速することなく、狙い通りに飛んだ。

 

 二人は同時にきれいな弧を描いて、反対方向に倒れた。

 どさりという音が響いて、ラメルは一度だけ軽くはねた。

「ラメル!!」

 彼女は、痛いはずなのに、穏やかな顔をしていた。

 青空は相変わらず、抜けるように青かった。

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