第52話 策略
「殿下を保護し、王女を確保しろ!難しいが今後の事後処理を考えてなるべく人的被害を出すな!そして、証人のラ・メール=イスリータを死なせるな!!」
ヒュース騎士長の指揮のもと、ノイアの騎士は徐々に体勢を立て直し、本来の力を見せはじめた。もとより先の内乱と、日々突発的に起こるテロを潜り抜けてきたのだ。実戦経験は隣国より積んでいる。
それは若手のラメルとジル・レオン、守られる側であるレインも例外ではない。二人は阿吽の呼吸で、向かってくる敵の腕を狙ってきりつけ、速度を落とすことなく移動していた。
「っち」
ラメルは舌打ちをしながらめまぐるしく辺りを伺う。王女の姿を捉えるためだ。
「騎士長も、簡単に言ってくれますねえ」
「無理を通してこそ道は拓けるというものですよ」
「結構難度の高い任務っすよ……ラメルさんっ!」
ラメルが一人を斬り伏せたとき、横から新手が飛び出してきた。
反応が遅れる。
鈍い音が響く。
「行って下さい!」
ジル・レオンが敵を引き付ける。
ラメルは一人、戦場を駆けた。
将を確保しないと、この戦いは終わらない。殺されそうになっているのに殺すなという命令を守りながら戦うのは難しい。
「どこに……」
ラメルはもう何人目かもわからない兵士を斬った。
レインはひと気のない廃教会で荒い息をついた。
ルフランが焚いていた香の影響がまだ完全にとれていないようだ。恐らく食事にもマインドコントロールができる薬が入っていたのだろう。劇症製ではない毒も混ぜられていた可能性もある。
まだ頭痛が治まらない。
混乱した頭で人のいない方へと逃れたのは判断ミスか。離れるべきではなかったのかもしれない。それでも記憶は曖昧で、気づいたときには式の真っ最中だった。
けだるげな痛みが現実だと突きつける。
敵味方入り乱れて万全でない今、見知った隊と合流して集団でいたほうがまだ安全だろうか。生き残る確立が上がる。
早く合流してしまおう。レインが汗ばむ手に剣を握りなおしたとき、細い手に口をふさがれた。
大して力が強くないくせに引きずられたのは、油断していたからかもしれない。
「……レイン、もう終わりね。」
冷たく白い色の細い指。
ルフランはぼろぼろになった衣装で、自嘲気味につぶやいていた。
「私はもう国には戻れないわ。私みたいな役立たずは、こんな私を信じてついて来てくれた従者とともに異国で死ぬの。きちんと埋葬されるのでなく、国外れの野に捨てられるんだわ。きっとそうよ」
ルフランは手を緩めた。
レインはそれでもそこから離れなかった。
「私はあの騎士の言うとおり、最初から国を乗っ取るつもりだった。そのために貴方を懐柔しようとしたけど、貴方ぜんぜん揺れないんだもの。薬使ったわ。―――――でももう失敗した!!お父様もお母様も、だれも私を救っては下さらない!国を危険に晒す王族は、王族ではないわ!私は誰にも本当のことを知られることなく死ぬの!未来永劫祖国の者にも侮蔑され続けるの!」
ルフラン・カンタータの誇り高い姿はどこにもなかった。レインはなんともいえない顔をして、口を開く。
「俺がさせない。罪人としての扱いはきっと避けられない。けれど、ルフランを死なせない。外交問題も、大丈夫だから」
ルフランは泣き止んで、顔を上げた。涙が零れ落ちる。その唇が、ゆがむ。
「だから私は、あなたが嫌い!!」
激しい言葉にレインはたじろぐ。
「捕まえて!」
建物の影からルフランの手の者が現れ、レインを拘束した。
「王族のくせに疑うことを知らず、闇を知らず血を知らず、切り捨てる事も裏切りも知らず!純粋で従者にも恵まれ、日々をゆるゆると過ごし!いつもそうだ。こんなにも私を惨めにさせる!おまえが国に来たときも、汚れることなく懐柔される事なく!おまえを手なずけられなかった私はお叱りをうけたというのにお前は実の親に愛されて!」
びりびりとした叫びに、レインは目を逸らさなかった。そして瞳の色を変えた。それに気づいた隣国の姫は、きっと睨んで彼を打った。
お互いの肌色が赤くなる。
「そうだ、そんな目も嫌い!哀れむように私を見るな!同情などしてくれるな!!」
泣きながら声を枯らすように、すべての憎悪をレインにぶつける。
彼女が見せる事のなかった内面。快活な裏に隠された憎悪。
時が止まって体だけ大人になった。レインはなじみの姫の中に、思い出の中の小さな姫をみた。
王女は動きを止めると、不意に空を見上げた。
そこに小さな姫はいない。
「同じ終わりを迎えるなら、私はなにもあきらめたくないの。……けれど無理よ。計画なんて遂行するのは不可能。贅沢は言わないわ。ベストに一番近いベターでいい。――人っていつか死ぬものね。恥をさらすなんて私は嫌。自由に死ねない人生なんていや。嫌いな人がのうのうと笑いながら生きるのもいや!だから。…………死んでね?」
ルフランは涙のあとを張り付けながら、最上級の笑顔を浮かべた。
「――ふざけるなああああああああああああああ!」
若い騎士が一目散に迫る。
ラメルは折れた剣を的確に使い、レインを拘束していた従者を躊躇せず斬った。
血ぶりをして、地面に赤が吸い込まれていく。
その光景に、白い姫が息を呑んだ。
「あなたに王子のなにが分かる!裏切りも闇もくだらない政争も、嫌というほど知っている!信じられないようになっても、私を信じてくださった!未熟な私を庇ってもくれた!おまえのように陰謀や悪意にさらされても!王子はすべて乗り越えた!だから今の王子がいる。誰よりもお側にいた私が言う!」
げほ、と咳き込み、血を吐いた。傷口が開いたらしい。駆け寄るレインを目で制して、ラメルは続ける。声の調子は依然として強いままだ。
「同情してほしくない、心配してほしくない。他人の気遣いだって払いのける……。だったらあなたはどうされたいの?死にたいの?――それなら、あなた一人で勝手に死になさい!!関係のない人を巻き込むな!王子を道連れにするなんて、……私が許さない」
ルフランは大仰にため息をついた。
「……従者が殺されたとき思ったの。あのときはうまいぐあいにあなただけに罪をかぶせられたけど、告発しなかったのね。してたらこんなことにはならなかったでしょうに」
ラメルは初めてうつむいた。しおれる彼女に、さきほどまでの激しさはない。
「私のミスです。従者の単独かと思ってしまいました。それに、貴女を信じたかったんです。舞踏会のときレイン様は、貴女を姉のように慕いながら話していましたから」
ふっ。
小ばかにしたのかあきれたのか。顔を上げた先には、王女が声質を変えていた。
「馬鹿ねあなた。そう簡単に人なんか信じてんじゃないわよ。裏切られて当然。蹴落とされて当然。――それが、人間よ」
暗く冷たい瞳に見つめられ、ラメルは否定しなかった。
「――私だってそう思います。ただ、信じてみないと、人って信じてくれないでしょう?」
ルフランは目を丸くして、初めて笑った。
最初に見たときと、同じような闊達な笑顔。
「……やっぱりあなた、馬鹿だわ。大嫌い。……でも、好きよ」
ラメルも笑い、地面に座った。
レインが腰を下ろそうとしたとき、
なにかが彼の腰に当たった。
かすかに走り去る足音。
火薬の匂い。短くなっていく導火線。
小さな筒。けど見慣れた。
ぞわっと、体中の毛が逆立った。
「ふたりとも、逃げろ!!」
呆然としているルフランをひき、ラメルは走る。反対方向にそれを投げた後二人にレインが追いつき、
あの場は爆発した。
「った―――」
ルフランの上には、誰かが覆いかぶさっている。
「……大丈夫――ですか……?」
満身創痍のラメルは、そう軽く微笑む。彼女の体はすすけ、小さな傷が増えていた。
「……どうして私を助けたのよ?私はあなたを殺そうとまでした女よ!?」
「騎士長のご命令ですから。あなたを死なせるなと」
事務的な口調にルフランは納得しない。
「誰かを守るのが、私達騎士の仕事です」
笑いながらまた剣を拾い上げ、彼女はあたりを警戒する。唇をかむルフランに、レインは近づいた。
「……教えてくれ。おまえが知らない部分は憶測でいい。この状況を、ルフランはどう見る?」
真剣なレインの物言いに、問われた王女は顔つきを策士のそれに変えた。
「……そうね。この騒ぎを利用された。内乱かテロにまきこまれたとかで、私を助ける名目でシェルが兵を送り込んだのでしょう。口封じってやつよ。挙式が失敗したときのために、お父様が仕込んでおいたのね」
「ええ。辺境騎士団が挙式に向かうと言い張る兵士達一部を食い止めたようです。恐らくシェルの国王の手の者です。王女が確保されたと知ると攻めてくるのは確実でしょうね」
「公的な立場の私やレイン、それに王子の専属騎士であるあなたも、真実を知る者として確実に消されるでしょう。強引に併合しようとして失敗したなんてしゃべられたら、困るもの」
「……なら早急に食い止めたい。手っ取り早い方法はあるか?」
いらついたようにルフランは食って掛かる。
「そんなのこっちが聞きたいわ!正攻法なんか使えないわよ。あるとしたら――」
「この戦場を黙らせた後に姫自身が告発する事でしょうか?」
ラメルはにっこりと微笑んだ。
「……危険性はありますが、この際なりふり構っていられません。姫、王子も。―――一芝居打ってください」
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