第51話 理由2.0

 怒号、戦い、土煙。悲鳴切れ端鉄の匂い。

 かすかに感じる、暖かさ。

 どれくらい時間がたったのだろう。

 私はゆるゆると目を開けた。

「……ラメル?」

 わたしが望んでいたもの。

 私にかけてくれた声とはまた違う。

 私だけにかけてくれる声。

 私の、名前。

「レイン――様?」

 私の腹部は止血されていた。まだかすかに痛みが残る。

 ぼんやりとした視界に入るのは茶色の髪だ。

唯一心を許した仲間は私を抱き寄せた。

 周りの音なんて聞こえなくなった。

「よかった――よかった――」

 うつむいているジル・レオンの顔は泣いているようだった。

「なぜーー」

彼がここにいるのだろう。

「そんなことどうだっていい」

 有無を言わさずに強く抱かれる。そして一瞬だけ、触れ合った。

 無音、何にも聞こえない。

 すぐに他の感覚が戻ってきた。

 周りの喧騒は止む事はない。

 二人だけの世界はすぐに終わる。

「……状況は」

「アズナヴールさんが戦線離脱。ヴァルテルミー副騎士長が陣頭指揮、ヒュース騎士長が両陛下の護衛、あとはそれぞれの上官指示のもと戦っています」

ここには負傷者が集められているようだった。アズナヴールも片隅に寝かされている。騎士の他に、見物にきていた民間人も巻き込まれている。

国王は騎士長と対応策を話し合い、后は怪我人達に声をかけてまわり、簡単な手当てを施していた。

「……殿下は」

「…………王女とともに、行方不明です」

「行かなくては……」

 少しゆっくりと、私は体を起こした。

「ラメルさん駄目だ。傷が開く」

 ささやくようにしっかりと、けれどジル・レオンはそこまで強くない力で止めようとする。

いずれ薬師達がやってくるだろう。

目を閉じれば全てが終わっているだろう。優しさに涙が出そうだけど、これに甘えてしまっては駄目だ。

「レオン、冗談を。私はレイン様の専属騎士です」

 そう言ってから、思い出す。

「―――あ、罷免されて、今は罪人でしたね」

 軽く笑って、以前王子に折られた剣を握る。

 立ち上がりかけて、ラメルはよろけた。

 そこをぐいっと支えられ、後輩に包まれる格好となる。

「どうしても、行くんですね」

「止めますか?」

「できるわけ、ないでしょう」

すっと差し出されたのは、セイバーだ。

「これ使ってください。折れたのだけじゃ心もとないと思うんで」

「……恩に着ます」

「ちゃんと返してくださいね」

言うが早いか、ブロードソードを持ったジル・レオンは早速先導する。

「恐らく王女は王子とともに、廃教会か礼拝堂の中にいます」

「応援がくるまで待っている余裕はありませんね」

「はい。ただ、どちらもここから距離がある。強いていうなら廃教会が近いので、俺は礼拝堂のほうに行きます」

「二手に別れて。人手が足りないから仕方ないですね」

「はい」

「……そこの二人の騎士崩れ」

低い声はヴァルテルミー副騎士長だ。

ずんずんずんと、向かってくる。

冷静に考えれば、私は脱獄犯で、ジル・レオンは脱走騎士だ。

「命令だ。遊軍騎士として、自らの判断で考え、行動し、殿下を保護せよ。そして両名、帰還後速やかに査問が受けられるように帰ってこい」

「……はっ」

「殿下を頼むぞ」

副騎士長は背中を向けて、指揮をとった。


「……途中まで一緒に行きましょう。敵とかち合ったら先鋒としていくので、ラメルさんは行って下さい」

 ラメルはうなずき、しっかりと立ち上がる。

 敬礼をして、お互いに地を蹴った。

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