第50話 理由


 誰もいない訓練場で、ラメルはツヴァイヘンダーを思い切り振るっていた。

 ……基本動作がぶれているのは、ココロが乱れている証拠だ。同じ水準に戻さなければ、有事のときに自分が困る。

 ラメルは時間をかけて自分の太刀筋を取り戻し、普段は使わないレイピアにも手を伸ばした。

 騎士は常に帯刀し、戦いに備える。だが自前の剣が使えなくなった場合、その場にある武器や戦死者の武器を使う必要がある。武器が違えば力も違う、そんな無様は王室付き騎士の名折れ。不定期だが専門外の武器も手に馴染むように心がけていた。

 明かりは空高く浮かんでいる月以外にない。

 城内はみな寝静まっている。

 そんなときに、ラメルは暗闇に動く影を見た。

 目を凝らす。ルフラン王女と、従者だ。

 こんな時間に出歩いているとはただ事ではない。別に他国の姫と従者がどんな関係でも口出しするつもりはないが、何かあれば王家に火の粉がかかりかねない。

 ラメルはとっさに物陰に隠れ、剣を揺らさないように注意しながら二人を尾行した。

「……こちらはうまくいっています。そろそろ香を調合したいから材料が欲しいのだけれど、まだかしら?」

「もう少しお待ちを。あの香木は得がたいものでして」

「あと数回分あれば大丈夫よ。……そして、毒薬は?」

 小声だったがなんとか聞き取れた。不穏な響きだが、二人は笑っている。

「もちろん用意してございます。爆薬もぬかりございません」

 従者は液体の入った小瓶を揺らす。ラメルの目が見開かれた。

「分かったわ。引き続き準備を頼むわね」

 ラメルはルフラン王女が先に出て行くのを確認し、音が届かない分離れたと感じた後、部屋へと飛び込んだ。

「――っ、貴様は……」

 ラメルは小瓶を食い入るように見つめる。従者は予定外の闖入者に小瓶を隠すのを忘れたようだ。

「その瓶を、渡してください。王家のかたを亡き者にしようとしているのなら、見過ごす事はできません」

 震えそうになる声を押し殺しながら、一歩ずつ近づいていく。従者は首を振る。

「誰に指示されたのですか?」

 詰問に応える声はない。

 後ずさる男の懐から、数個の紙袋が落ちた。

 ぱさりとあいた口からは、独特の香がする粉が零れ落ちる。

 ほんの数瞬だが、すべての感覚が持っていかれそうな錯覚。その匂いでラメルは悟った。

「……王子におかしな薬を使うのはやめなさい!自我を奪ってどうするつもりです!」

 老齢の従者はそこで初めて笑った。

「……おまえが知る必要はない。どうせおまえの進言など、相手にはされまい。小娘が我らの思惑などわかるはずがないのだ!」

 ラメルは剣を抜き、相手に詰め寄った――。


「……どうして殺してしまったのかは私にも分かりません。その後、足がついて、私は拘置されました。真相を言わなかったのは、私と従者以外あの場におらず、私が嘘をついていると思われる危険性があったからです。下手をすると言いがかりだととられ、シェルが進攻してくるきっかけになりかねません。ただでさえ国内も完全に安定しているとは言いがたい今、他国と関係がこじれるようなことにはしたくありませんでした。……それに、薬を王女に渡す者がいなくなれば、王子が元通りになるかもしれないと思ったのも事実です」


 最初に声をあげたのはルフランだった。

「なんて想像力が豊かな人。私がレインを操っていたですって?ふざけないで!この爆弾も、妄想したあなたがわざと仕掛けて罪をなすりつけようとしたのでしょう?」

 ラメルはため息をつく。

「……この爆弾は、王子の真上に仕掛けられていました。役目をおろされても専属騎士の端くれ。そんな真似はしませんよ」

「そんなの、なんとでも言えるわ」

「いいえ、言います」

 ノイアフィルプの騎士たちは、顔つきが変わった。

「ついさきほど、私は非合法な手段で牢を出ました。事前に爆弾を仕掛ける時間はありません。共犯者もいませんよ。私はすぐに王子の専属騎士となったので、仲間と関わった期間が極端に短いんです。言ってて悲しくなりますが、友人といえるほどの関係は持っていません。心を許せる数少ない仲間は、飛ばされましたし。

 それに、参列者のところでも、爆発を起こしたでしょう。いくつかを同時に爆発させて。ご丁寧にこちらの騎士団側は甚大な被害でシェルのほうは軽微な被害です」

「だから、なに……?」

 王女の額に汗が浮かぶ。

「この騒ぎで得をするのは誰でしょう。前国王一族は処刑されています。それ以外の人間は、もう争いなんてうんざり。やっと平和になりつつある新生ノイアを壊す道理はありません。爆発でもし王子と国王夫妻が巻き込まれてしまったら?爆発による火災や混乱で亡くなってしまったら?実権はあなたが握るんでしょうか。メリットがあるのは貴女ですよね」

 言い終わると剣を弾き飛ばし、相手国の兵士の意識を飛ばし、荒い息をする。正面にはルフラン、少し離れたところに目の混濁しているレイン。もはやラメルと、ルフラン以外は傍観者。

「これ以上の侮辱は許さないわよ。今すぐに婚姻を破棄し、ここを戦場にしましょうか!?」

「ーーやっと、本音を吐いてくれましたね。あなたが欲しかったのは、この国の潤沢な資源でしょう?戦争をどうにか起こして、どさくさにまぎれて併合を狙っていたんでしょうか」

 一人の騎士が微笑んだ。

 純粋ではなかったが、それでも口元が緩んだ。

 相対する王女は唇を噛み、よろけるように。ラメルのほうに近づいていく。

「……貴女の負けよ」


 静かな衝撃がラメルを襲った。 

 平静さが驚きに塗り替えられていく。

 ブラウスが赤く染まっている。表情が逆転する。

――――これは、なに。

 目の前の、人が、とても、うれしそう。

 彼女の手には懐剣が握られている。

「貴方だけがどうしてもジャマだった。……余計な事しなければ、長生きできたのにね」

い、たい。いたい、いたいいたいあついあついじわりとでるなにかあついなにかぬれるなにか聞こえない声かすむひとたち震える空気。

――わたしは、死ぬの?

「ラメルさん!」

かしいだ体が地面に叩きつけられる寸前、わたしは誰かに止められた。

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