第48話 Xday


もう一度、もう一度だけでいい。

私の名前を呼んでください。

今と昔と貴方が変わらず。

呼んでくれた私の名前を。 


「いよいよ明日。手抜かりはありませんよう」

「ええ。貴方たちもよ。あの従者は残念だったけど。あの騎士がなにか掴んでいたとしても出て来れないわ」



 ーーレイン王子、めでたく婚姻。

お相手は隣国シェルの姫、ルフラン=カンタータ。

 国中にお触れが出され、教会の鐘が鳴り響く。

 その音は獄中にも響き、囚人の意識を覚醒させる。

「……今日は、式ですか」

「ああ」

 見える範囲で残っているのは20代半ばの看守が一人だけだった。ただ一人の、まともな管理者だ。

「婚約発表から式まで日がなく、慌ただしいことこの上ない」

普通なら、婚約から挙式まで、一年は間を開ける。

各国への連絡や、準備の都合でだ。

1ヶ月もたたずの式は間に合わせのようでもある。

既成事実を作る為だけのような。

「……逃げようなんて思うなよ。もう式は始まっているんだ。今でこそお前は処分待ちだがな」

「あら残念です。近いようなので、見物でもできるかと思ったんですが」

ラメルはこの看守と一番馬があった。

 他の者と違い、粗野ではなかった。きっとレベルの高い教育を受けているのだろう。

「首が飛ぶだけではすまないだろうな。引き回しの上苦しむ方法で始末されるぞ」

「心配してくれているんですか?」

「まさか。脱走されたときに俺が困る」

ラメルは思わず顔を緩ませた。

「正直な人ですね。式に免じて出してもらえると嬉しいんですが」

「……まあ、ここには俺一人しかいないから、大抵のことには目をつぶるが、それでも出しはしないぞ」

「やけに静かだと思いました」

「あいつらがいるとうるさくて仕方がない。お前の剣も、遊ぼうとしたから止めておいた。感謝するんだな」

「あら、剣なんてありました?」

「前にきたあいつが持ってきたよ。お前が王子からもらった剣」

「…………ありがとうございます」

「無事に出ることができたら倉庫から出して渡してやる。折れたままだが」

 ラメルはそこで、目だけを動かした。

 看守を見るが、彼は視線に動じない。

「今日はやけに饒舌ですね。貴方は――――何者ですか」

 看守は後ろを向く。

 ちらりとかぎ束が見えた。

「あいにくと、名乗る程の者じゃないんでね」

 ラメルは息をつき目を閉じた。息を短く吐くと、口を開く。

「……すみませんが、水を持ってきてもらえませんか?」

 看守は黙って椅子から立つ。

「はいよ」

 少しして、水の入ったコップが、差し入れ用の小さな格子から差し出される。 

 鍵を差し込んで、すぐに閉められるようにそのままで。

「ほら、水だ」

「ありがとう――」

 ございます。

 ラメルはコップをとると、看守の顔面にぶちまけた。

「っ」

 そこから看守の腕を思い切り引っぱり鉄格子にぶつけさせる。

 ひるんだところでかぎ束をつかみ、大きな扉のほうを中から開けた。 

 相手が体勢を取り戻したので、膝蹴り、正拳突き、とび蹴りでフィニッシュ。

 房に押し込み鍵をかけた。

「お世話になりました」

 ラメルは悠々と出て行った。


 押し込まれた看守は、腹を抑える。

「――さすが、王室付き、いや、レインの専属騎士……ってとこか」

何度めかもわからない獄中は、しかし晴れやかにすごせそうだ。

「うまくやれ、ラ・メール=イスリータ」

ケヴィー・エド=ノイアは人知れずつぶやいた。

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