第47話 どうかあなたは生きていて

「探しましたよ、先輩」

 聞き慣れた声に顔をあげると、茶色の目が鉄格子越しに見えた。

 あたりをぱっと照らす太陽。

 自分は幻覚でも見ているのだろうか。

 体の節々は痛く、口のなかはざらついている。それは皮肉にも、現実だと教えてくれる。

「生きてます?ラメルさん」

 低いながらも気遣う声は、間違いなく後輩のものだった。

「……どうして」

「とりあえず差し入れです。先輩の好きなパン、持ってきましたよ」

 差し出し口から入れられたパンに、思わず目を丸くする。

「看守は」

「一人を除いて全員外してますよー。大抵のことはできます」

 言うが早いか、何時間かぶりかの水も入ってきた。

「あ、毒は入ってませんから、遠慮なく」

 かつての仲間から、尊厳ある死のプレゼント。殺されるよりはと選ぶソードブレイカーはかつて多く在った。実際に、その線も疑っていたのだ。けれど、彼になら騙されてもいい。空腹を満たしたい。なにより、向けられた善意が本物だと信じたい。

 ラメルはパンを一かけ口にいれ、水を飲んだ。

 大好きな味に安心する。なにもおかしいところはない。

 茶化して笑う、いつも通りの光景に、涙がこぼれそうになる。

「……なぜ、ここへ」

「挨拶に来ました、先輩」

 誤魔化すための問いかけには真面目な返答。ふっと悪い予感がした。

 これっきりのような、お別れの。

「俺は、辺境警備の騎士団に出向になりました」

 あり得ない。

 それほどまでの、暴力的な人事異動。

「王室付き騎士が、辺境警備。そんなの」

「前代未聞、ですよね?王室付きになったら、基本的には変わることがない。でも、俺は前例がない尽くしですから」

 受け入れたのか。受け入れるしかないだろうが。

「いつから」

「今日にはここを発ちます。だから王子の挙式には、こっちにはいません」

「………………そう」

「俺は、ラメルさんには嘘はつきませんよ」

 こんな機会もなくなるのなら。

「優しい嘘はついてくれないの」

「そんなの望んでないくせに」

 大人ぶって聞いてみると、あっけなく一蹴された。

 パンをひとかけ。やっとの思いで飲み込んだ。

「ねえ先輩、いつか絵を見に行こうって約束したじゃないですか」

「……そんなこともありましたね」

「ラメルさん、いつ出てこれるかわからないし、先に見ちゃいましたよ」

「それは悪いことをしました」

「そうでもないと一生見に行けないかって。雲行きも怪しいですしね」

「私のいく末ですか?ならあなたには関係のないことですよ」

「確かに、振られちゃったんでそうなんですけど。ラメルさんと関わると晴れてても雨ですから」

「…………ひどい言い方。雨女じゃないわよ、私」

「外遊のとき結構な雨降ってませんでした?」

「一度ひどい雨にあたったときはあったけれど、それ以外は特に」

「えっ、シェルに行ったときも降ってましたよ?海も大荒れ」

「きっと他の護衛と間違えているんですよ。…………ジル・レオン、そろそろ、危ういのでは?どんな手を使ったにしても、ずっといるわけにはいかないでしょうに」

「そうですね。そろそろ時間です」

 ジル・レオンは大きくのびをした。

「差し入れ、またの機会にお渡しします」

 そういう彼の腰には、ファルシオンがおさまっていた。

「だからどうか、生きていてください」

「王子の式まで?」

「ええ。鐘が鳴る。そのときまでは、なんとしても」

 危ない橋を潜り抜けて、会いにきてくれた。

 それだけで、充分。

 充分過ぎるほどに、生きていける。

「約束します、レオン。だからあなたも生きてください」

 目と目があって、うなずいた。

 茶色い髪が、名残惜しそうにゆっくりと去っていった。


 上を向こう。

 その日が来たら、ただ目的を、果たすのだ。





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