第46話 白夜(極夜)

 ーー白夜とは、真夜中になっても薄明になっているか、または太陽が沈まない現象のこと。



 †

「あなた、派手に動きすぎですよ」

 誰も来なくなった朝の鍛練場所で、一人剣を振るっていたジル・レオンは手を止めた。

 顔を向けると、専属騎士代行、アズナヴールが佇んでいる。

 いつものように、へらりとした笑顔を向けた。

「なんのことっすか」

「ラ・メールに近づきすぎだと言ってるんです」

 面会で護衛を外させたことが漏れたのか。

 ラメルのように孤高でありながら、どこからか情報を得ている騎士は、得体が知れないと距離を置く若手も多い。

 逃げ道を塞ぐように、言葉が立ちはだかった。

「アズナヴールさん、珍しいっすね。夜間警護外れるなんて」

「お盛んですしちょうどいいですよ」

 直球な言葉を無表情だ。

 さすがにこれは返答に困る。

「……私のことはいいんです。あなたのことです。目立つ真似はやめておきなさい」

 詮索しないアズナヴールがここまで言うほどとは、状況が切迫していることに他ならない。

 ジル・レオンは表情を消した。

「……なにかあるでしょう。王子のまわりで」

「何か確証でも?」

「あまりに突然に物事が動きすぎですよ」

「そうですね。例えば、数日の内にラ・メールがノイアワールへ移送されるとか」

「ノイアワール!?」

 ノイアワール特別収容所は、城下から程近い場所に位置する、政治犯専門の収容所だ。

 更生不可能と判断される人間、または不敬罪を働いた人間、暗殺や国家転覆をはかったならず者が収容される。

 基本的に、生きて出る者はいない。

「冗談ですよね」

 看守だってまともじゃない。癖のある看守にいたぶり殺された人間は数知れない。

「ヒュース騎士長が掛け合って、なんとか独房に入るようにはしたようですが、拘置は確定でしょうね」

 それでもこんな措置なのか。

 坂道を転がるように。

「騎士長を恨むのは筋違いですよ。あの方はラ・メールの後見人ですから、今回のことで非難されても不思議ではない。それをなんとか彼女の有利になるようにと進めているんです。下手を打てば失脚」

 もはや王子は、正気を失ったのか。

「理由を言わないんです。ならば擁護しようがない。彼女は誰のことも信用していません。もしくは王室付き騎士特例」

 思わずぴくりと反応してしまう。

「サー・ルセーヴル。簡単に説明は受けましたね?ラ・メールが王子の命を受け、何らかの任務を負っているとしたら、それは誰にも話さない」

「例えば暗殺、とでも」

「可能性として」

「そんなことは、させないでしょう。あの人に手を汚させるようなことは」

「同感です。だからこそ知りたい」

 単独で、専属騎士特例を受けるような、危険を冒そうとしているのなら。

 どうかそれを知りたい。

 本音、だった。まごうことなき。

「…………朝の海」

「…………続きを」

「あのときの、朝の海は、穏やかではなかったようだが、どうでしたか。…………ラメルさんからです」

 アズナヴールはため息を、長い息を吐いた。

「彼女がそういうなら、そうでしょう」

 呟くように出された日時を、ジルレオンは聞き逃さなかった。

「王子の動静記録、見ておいて損はありません。王子はしばらくは起きません。午前中は私がやりますから、あなたは図書館に行きなさい」

 背を向けた後ろ姿は、どことなく小さく見えた。


 ‡

 アズナヴールと別れたあと、向かったのは久方ぶりの図書館だ。

 入り口近くにカウンターがあり、なじみの職員が挨拶をしてくれる。

「本が届いていますよ」

 だから、こう司書から声をかけられたときには人違いではと聞きたくなったほどだ。

「……私にですか」

「ええ」

「お願いします」

 司書がカウンター奥へと引っ込み、一冊の本を取ってきた。

「こちらです」

「……白夜」

 自分では予約をいれた覚えがない専門書だ。

 貸し出しカードを見ると、先に借りた人物の名前が書かれている。

 リフ・レイン=ノイアフィルプ。

 ブルーブラックのお気に入りのインクで署名されている。

「……ありがとうございます。いただきます」

 そして新たに貸し出しカードに署名する。

 ラ・メール=イスリータ。

 多忙な王子の代わりに本を受けとることは、ままあることだった。

 一抹の寂しさを覚えながら、ラメルは図書館の閲覧室、すみに座った。



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