第44話 密約2
「俺が信用しているのは、ラメルの他はヒュース、アズナヴール、そしてジル・レオンだけだ。騎士を除くと王立図書館の職員と、エルーシアも入るがな」
つまり、それ以外は、心を許していないとでもいうことか。
「ここだけの話、この中で俺が優先するのはラメルだ」
それがどういう意味を持つか。
ヒュース騎士長は、顔色を変えないままだった。
「…………ラメルさんは、殿下が最も信頼する騎士であり、同時に弱味でもあると」
「話が早くて助かるよ」
例えば外野からの言いがかりで専属騎士が外されたら。王子の守りは手薄になる。信用していない人間に守られるよりは、見知った人間を使うか、自分の身は自分で守ろうとするだろう。
万が一、彼女が人質にでもとられたら、そのときはどうなるのか。
それほどまでに、思っているのなら。
「無礼を承知で聞きます。どうして妃として迎えないんですか」
椅子に腰を下ろした人間は無表情だ。
『ラメルがそれを望むのか』。そういいたげに。
「もう何年も縁談を断り続けてきたんですよ。殿下の側にいるためです。それをーー」
「だが、ラメルはフェル・モーロの娘だ。どうあがいても、正室に据えることは難しい」
残念そうに遮るのはヒュース騎士長だ。
彼女の実の父親は、革命初期、最初に反旗を翻した専属騎士。
この事実は消えない。
王家は、婚姻相手を厳しく見定める。
経歴に傷をもつラメルのことを、正室として認めないだろう。
けれどそれでなにもしないのか。
「ラメルさんが、かわいそうです」
「では側室とすれば幸せか?騎士でなくなり、正室との扱いの差もあり、自由に動くこともできなくなる。暗殺の危険は?側室には専属騎士がつかない。無理を通してつけても、公式行事に出るのは正室だ。王室付き騎士だってそっちに人員を割く」
ああ。
どこまでも交わらない。
王子は専属騎士に対して、不義理をしたくないのだ。
きっと、何度も考えた結果で。
そして時間だけ経っていく。
「……殿下は、ラメルさんをどうするつもりなんですか」
側室も、ましてや妾もきっと命じない。
では彼女のみ、独身のまま生涯側に仕えさせるのか。
それともすべてを終わらせるのか。
「正直な話、あいつをあまり家の事情に巻き込みたくない」
ノイアフィルプでなく、ただのフィルプだったなら。
きっとなかった壁だった。
「陰謀、ですか」
「それもある。ラメルに対しても、俺に対しても」
「………………」
「騎士保護法第2条、試験でも出ただろう?それには非公開の続きがある。王室付き騎士、または専属騎士のみに適用される特例。ゆえに一部の騎士しか知らないが」
「……聞いてもいいんですか」
「話が進まないからな。もちろん聞かないこともできる」
引き換えせないところまで来ている。なら、これ以上すすんでも同じことだ。
「お願いします」
「王室付き騎士特例。……早い話が、王族の命を受けてのスパイ活動、破壊工作を認めるっていう特例だ」
「……初耳ですが、きっとそれは、王室付き騎士向けですよね」
王室付き騎士の間では、妃付きの班はこそこそして何をやっているかわからない秘密主義と有名だった。
別名情報収集班と呼ばれるくらいに。直轄の命でなにかをしていても、おかしくない。
けれど驚くにはインパクトが足りない。
「ああ。専属騎士特例はもっと範囲が広い。自分が仕える主人に危害が加わる恐れありと知った際、騎士の判断で未然に防ぐことが許される。容疑者を死なせても、事後承認で構わない」
…………めちゃくちゃだ。
「そんなの、さじ加減1つで気に入らない人間さえ殺せる!」
「その通り。かつてこのきまりが乱用され、王位継承権問題が血みどろの争いに発展した。だから公にはなっていない」
こんな政争のための抜け穴ルール、どうかしている。
公明正大な彼女には、似合わない。
「……どういう関係が」
「ラメルはこの規定の存在を知っている。上級騎士と専属騎士にのみ告知義務があるからだ。万が一ほの暗い企みを知れば、きっとラメルは一人で事を起こす」
正義感が強い彼女は、誰よりも、王子を守るためにある。そのためには、きっと躊躇なく手も汚す。
「王族からの命に、殺しは含まれますか」
「始末という命令は含む」
「ーーその基準でいけば、ラメルさんも危険です」
殿下をタブらかす存在。婚姻が遅れている原因。そう影口を叩く一派もいる。
「ああ。例えば、王族の誰かがラメルを目障りだと感じたら、殺すはしないまでも、追い出されるかはするだろうな」
意味するところに背筋が寒くなる。
第5王子レインは、髪色、瞳、ともに国王夫妻のものとは違う。
「兄上達は、髪と瞳、どちらかは父上や母上のものと同じだった。違っていたのは末の俺だけだ」
今でこそ、覚醒遺伝と広く知られているその姿だが。
「……お妃様は、噂に大変心を痛められました。もちろん、幼かった殿下もです」
リフ・レインは、サー・ウェルの息子ではないのではないか。
これが事実ならば、王位継承権にも関わる。
「実際はどうなのかは知らない。ただ、母上が俺の伴侶をかなり気を使って探していることは確かだ」
闇を垣間見た気がした。
「俺は、大切だと思うものは、遠ざけてでも長らえさせたい」
ジル・レオンは、黙っていた。
闇に来いとは、言えないだろう。
「…………近いうちに、結論を出す。ジル・レオン、そのときは、必ずラメルの側にいろ」
「…………荒れますか」
「多分な」
「……命の危険は」
「あるかもしれない」
きっと、あるのだろう。
「命に代えても、守ります」
「命に代えるな。二人とも生きろ」
多くのものを敵にまわしても妃に据えるというのなら、自分は専属騎士となろう。
もしも遠ざけるなら。
消えないように、安全地帯へ送り届けよう。
「念のため、二人分渡しておく。持っておいてくれ」
渡された羊皮紙には、王子の直筆で、日付が入っていない敕令が書かれていた。
「ラ・メール=イスリータの行いを不問とし、恩赦とする。婚姻その他の理由で任をやむを得ず離れる場合は名誉除隊とする」
「ジル・レオン=ルセーヴルの行いを不問とする」
保険の大きさに、ちっぽけな自己の存在を再確認せざるをえなかった。
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