第42話 獄中の騎士


ただ、

  どんなに願っても、

  かなわない事が、ある。

  

  戻ってきてほしいのに、

  戻ってきてくれないこと。


 ラメルは体育座りをしてその部屋の中にいた。

 風呂なし、トイレあり、鉄格子つきの窓1つ、出入り口扉はガード常駐のやはり鉄格子。外側からは鍵がかけられ、中から自由な出入りは不可能な作りとなっている。

 収容者の腕――肩に近い部分には鉄の輪がはめられている。

 NO.01。反逆者収容所、収容者第一号。

軟禁から正式な拘置となり、身柄が移された。

城下からは距離もある。

ラメルはこれで、犯罪者の烙印を押されてしまった。


「おい、どうして殺した」

「放っておけって。色恋沙汰なんだからよ。騎士としての自覚なんざ、女には芽生えなかったんだよ」

「それもそうか」

「おい、自白得るまではどこらへんまで認められてんだ」

「ヒュース殿がうるさいからな。あんまりぎりぎりだと俺たちが向こう側だ」

「そうだな……っと!」

 音がして、熱が来て、感覚が戻ってくる。

 別に今更体のあちこちが痛いとか、顔に傷がついたとかは言わない。伸ばしていた髪の毛をきられても、特になにも感じない。ただ悪意があるんだ、というだけしか。余興を盛り上げるために、私は助けを請うことも、泣くことも、叫ぶ事も、反抗する事もしない。そんなことしたって、ますます図にのるだけだ。それに、助けなんて来ない。顔色を変えず、声も上げず。それが私にふさわしい。罪人の、あるべき姿。

 制服を少し破かれた事には悲しみがきたけど、彼は、どんな思い出があったか、もう忘れてしまっているだろう。

 ‡

「俺はさ、専属騎士なんていらねえ」

 いつかのときに、彼が話した。

 彼の専属騎士は、前王の息子だった。歳が近かったため、公私ともに仲が良く、けして裏切らない事を誓い合った。

 だが騎士は刃を向けた。

「信じて裏切られるのも、血を見るのも。そんなんだったら俺は、護られたくない。そばにいてほしくない」

 専属騎士の話は、後にも先にもそれだけだった。

 そのとき私は、なんと言ったのだろうか。

 言われた事は覚えているのに、言ったことは覚えていない。

 なんて、都合のいい記憶。


「レイン。もう専属騎士なんて要らないわ。この前のもその前のも。貴方を傷つける人ばかり」

 俺は、誰と、いたんだっけ?

「私が貴方のそばにいる」

 今目の前の人ではない。

「だから、ね?」

『私は絶対裏切らない。どんなことがあってもそばにいる』

 同じような事を言われたんだ。

 そのときは信じれたんだ。

 だけど、今は――――――。

「すべて忘れてしまいましょう?」

 その行為を、レインは拒む事ができなかった。

 レインとルフランの口元から、液体が滴って、

 一度離れたルフランは小さなボトルに入ったそれを、無造作に煽り呑む。

「レインもどう?」

 目つきを変えたレインは、口元をぬぐうと、ルフランからボトルを奪い、勢いよく呑んだ。

「――――全部、忘れてしまえばいい。そうしたら……」

 ボトルを空にしたレインは、ルフランの細い腕をつかみ、自分のほうに引き寄せた。

 王女は柔らかい場所になげられた。レインが来るまでに、忍ばせていたグロスを塗る。

 しっかりと、丁寧に。

「ねえレイン、私だけを見て……」

 立ち込めるアロマポッドからの香のなか。

 2つの影が1つになった。


 獄中で、

 婚約発表が行われたと、

 看守たちの会話から知った。

 王子は、

 綺麗な指輪を送ったとも。




「私が頼んだのは騎士の正装と訓練着ですが……」

 届いたのは白のシャツ。ボタンに装飾まで施されている。紺地に騎士章入りのソックス、プリーツ加工の上に軽くクリンクルになった無地スカート。茶のショートブーツ。それに加えて正装と思われる上等な素材でできたそれらと制帽、ジャケット。ロングブーツ。

「どうだ?ノイアフィルプ王国第一号の女流騎士の制服だからな。俺が全部手配した。絶対似合うぞ」

 サイズは私にぴったりで、他の誰のものでもないとわかった。

 本当はこの計画が、私が騎士になったときからあるということは後でヒュース騎士長から聞いた。

 ただそのときは、私が好奇の目で見られ、周囲から浮いて孤立する事を憂いたため延期したとも。

「……どちらで寸法をお知りになったのかは存じ上げませんが、私は今までどおり男性と同じ制服を着用します。スカート姿での訓練はやはり気が散りますし、思い切った動作ができませんから」

 スカートも私生活ではかない。

 女性用の服装もよく知らない。

 だからとてもうれしかった。

 けれど、王子に言った事と、せっかくの服を汚したくないのと、

 王子が異性に贈り物をするときは、ほとんどの場合結婚を前提にしたお付き合いのときだけだから、公にしたくなかった。

 王子を困らせたくなかった。

 ……いいえ。私が王子のそばにいられなくなるのが、怖かった。

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