第40話 あなたのための、プロポーズ

「なに、やってんすか」

 少し見ない間に後輩はまた大人になったようだった。

 そして開口一番、硬い声での説教ときた。

 きっとジル・レオンは、ここに来るまでに事情を把握しているのだろう。

「あなたのことだから話は聞いていると思います。久しぶりですね、お帰りなさい。用事は済みました?」

「お久しぶりです。ええ、用事は済みました。任務離脱の処分も厳重注意で終わりです。始末書はこれから書きます」

「それはよかったですね」

 処分としては、比較的軽い方だった。

 肝心なことは隠して笑みを浮かべながら矢継ぎ早に話すと、全てに答えてくれる。

 根が優しいのだ。

「先輩、もうやめましょうよ」

 座ったままの私を、ジル・レオンは立ったまま見下ろしている。

「俺が聞きたいのは、なんでラメルさんが軟禁されてるかって話です」

 ここは軟禁場所だ。自室には外から鍵がかけられ、自由な出入りはできない。

 武器になりそうなものも全て没収されてしまった。

 ツヴァイヘンダーは折られ、セイバーも行方知れずとなっている。

 尋問や、必要な物資の受け渡しも全て見張りの騎士が立ち会う。必要とあれば会話の内容も記録される。

 今回も、トマが隅の方で立ち会っていた。

「人を、殺したからですね」

「……本気で、言ってんですか」

「ええ。ルフラン王女の従者を一人」

 短くも重たい息を、ジル・レオンは吐いた。

「………………なにか、理由は」

「お話することは特にありませんよ」

「騎士は職務上、人を殺めることもある。俺だったらエルーさんのとき、先輩だったら舞踏会のときみたいに。だから民間人と比べ、殺人罪の適用に例外措置がある」

「騎士保護法第2条ですね。護衛対象、民間人、または自身の安全が脅かされた際、必要限度の攻撃を行い、その結果死に至らしめた場合は、その行為を不問とする。確かにさっきあげた二例は、これが適用されました」

「ええ、なのに」

「ただし無条件ではなく、正当な理由なき場合、もしくは合理的理由でない場合は、査問の上然るべき処罰を受けることとする。このように、条文には続きがありますよ」

 王室付き騎士、ならびに専属騎士を守る規則に話が広がる前に、ラメルは先手を打った。

「……本当に、理由なく殺したっていうんですか」

「ご想像にお任せします」

「俺にはそうは思えません。なにか訳があって……!」

「レオン」

 呼び掛けに、彼は言葉を失った。

「私に関わるのはやめなさい。あなたのキャリアに傷がつきます」

 面会も、本来ならできるような状況ではない。

 かなりの無理を通したはずだ。

「ーートマさん」

「失礼します」

 ジル・レオンの声に反応し、トマはラメルの片手を緩く結んだあと、部屋を出た。

 室内には二人だけ。これで、話を他に聞く者はいなくなる。

「なにを考えて!」

 このままでは、ジル・レオンもトマも、咎めを受ける。

「ええ、だから手短にいいます」

 冷や汗を背中に流すラメルとは対照的に、ジル・レオンはどこまでも冷静に振り切れていた。

「……先輩、このままだと死にますよ。未来の后の従者を理由なく斬るなんて、即処刑にならなかっただけでも奇跡です。なにか話していないことがあるなら、話してください。今なら間に合う」

「承知しています。今はルフラン王女との婚約関係で慌ただしいから処分が先になっているだけでしょうね。……間に合うもなにも、冤罪ではないのですから」

 捕まった以上、先は知れている。

「……今、ヒュース騎士長が、裏で必死になって査問を引き伸ばしてます。殿下と王女がご成婚となれば、政治犯は恩赦になる」

「それを狙っていると?減刑の上で無期懲役が関の山でしょう。外交問題の引き金です。反逆罪、殺人罪、剣を折ったソードブレイカーという騎士の恥。擁護しようがありません」

「ーー先輩。まだ道はあります」

「…………ここで死ねとでも?」

「まさか」

 ジル・レオンは、改まる。

「ラ・メールさん、私の妻になってください」

 低いかすれ声に、初めて戸惑った。

「………これは、なんの冗談ですか」

 そう返すのが精一杯だった。

「俺は本気です。ずっと前から、会ったときから好きでした」

「…………縁談を断ってきたの、あなたも知っているでしょう」

「殿下を守るためですよね。さすがに結婚後も専属騎士を続けるのには無理がある。だから全部断った。けれどもう騎士の身分すらも危うい」

「言ってくれますね。確かにその通りです。ですが」

「俺に、ラメルさんを守らせてください」

「…………無理ですよ」

「……殿下は、ラメルさんが結婚し、騎士を辞めた場合は恩赦にするとのことです」

頭が真っ白になる。

「なん、ですか、それは」

 不問にするというのか。

 騎士として責任をとることすら、取り上げるというのか。

 であるならば。

 私の存在意義は、一体なんだ。

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