第38話 壊れた忠義

 †

 回廊はただ月明かりに照らされて、そんな静かな夜だった。

 けれどひっそりと、一人の男と女が、向かい合っていた。

 色恋沙汰には誰からも見えない。

 それすなわち一方的で絶対的な暴力。

「ひっ……!」

 一人は剣を向ける。

 もう一人は後ずさる。

 影はゆっくりと、着実に無抵抗な男を追い詰めていく。

「た、助け――」

「断る」

 主導権を握っているほうは、剣を向けて、狭い使用人用の通路に誘導する。

「だって聞いてしまったもの」

 知ってしまったそれが終わり。

「は、そんな大柄な剣こんなところでは――」

 男は、最後まで言えなかった。

「この剣を使うわけないでしょう?」

 女は腰に刺していた細身の剣を握っていた。


 だってあなたたちが悪いのよ。

 聞いてしまったら行動するしかないでしょう?

 そうよ私は悪くない。

 貴女たちを止めるためなら。

 私はどんなことだってやるわ。


 女は最後に、墓標代わりにその剣を突き刺した。


「聞きました?ルフラン様の従者の方が殺されたと」

「返り血が飛んでいない様子から殺し屋の線ではありません?」

「けれど凶器は騎士が使っている剣ですって。武器庫に保管されていたものだから誰のものでも無いらしいけど……」

 ――おい、緘口令だ。

 その言葉で、使用人たちはそれぞれの持ち場に戻る。

 重苦しい雰囲気だけが消えることなくあたりに残った。

「……ラメル」

 その言葉に振り返らない。

「……ラ・メール=イスリータ!」

 胡乱下に振り返る彼女と、ヒュースの目があった。

「……来なさい」

黙って先を行くヒュースに、飼い殺し状態の騎士は後をついていく。

 断るという選択肢はなかった。

 


 特に使われていない小部屋は、掃除が行き届いている。けれど生活感というものはなかった。

   ただの装飾品になり下がった机と椅子がゆっくりと傷んでゆく。時間の経過は残酷だ。

   ラメルとヒュースはそれに座ろうともしない。

  「昨日の夜、何をしていた?」

   落ち着いた声音に、目つき。

   表情は、変わらない。

  「別に、何も」

   ヒュースの目に哀れみが宿る。

  「婚約発表は延期になった。それでも。王子は后をお迎えになる」

   眉毛が、すこしだけ。

  「何が言いたいんですか?」

   彼は黙って窓を指した。

   レイン王子とルフラン王女。

   外では二人が並んで歩いていて、楽しそうに笑っている。

   何か、いった。

   王子が、笑った。

   そして、

 ――やめて

 二人はお互いを見て、

 ――いやよ

 顔を

「っ……」

 膝が立つことを拒絶する。これ以上は見たくなかった。

  冷たい石造りの床が、私の温度を奪ってゆく。

  座り込んだ拍子に打った箇所が痛みを訴えるけど、そんな些細な事に心を割いてなんかいられない。

  見れなかった。

 もうどうにもならない。

 どうにもならないと分かっていたけど、

 どうにかしたかった。

  願ってしまった。

  願うだけでは足りなくなって、私は。

  私は。


  「そうよ私が従者を殺した!!」

   どうしても、目を覚ましてほしかったの。

   私を見てほしかったの。

   貴方がおかしくなったのは、あの王女が来てからなんだもの。

  「どうして――――――」

   泣いている私を包んでくれたのは、私の敬愛する騎士長、

   そのやさしさは、暖かさなんかではなくて。

   私にとっては、ガラスの雨だ。



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