第35話 関係性

「失礼します……」

 緊張の面持ちで入室したのは新米の騎士だった。

 通常、王子の執務室に入るのは用向きのある高位の人間か、限られた騎士だけだ。

「ジル・レオン=ルセーヴル、参りました」

 騎士となってから数ヶ月。見習いの身分で第五王子に謁見なんて、異例のことだ。

 もちろん、呼ばれたからには行かないわけにはいかない。自分が初の平民出身の騎士として異色なことは理解している。身近な先輩もその極みだ。

 ほのかに明るい執務室は、装飾品よりも壁一面の本棚が目につく。特に壁にかかっている絵画は労働者を描いたものだ。

「呼び出してすまなかった」

 振り向いた王子は、暗い色の髪をかきあげた。

 珍しい髪色と瞳は、忘れるはずがない。

「……久しぶりだな」

「……その節は……その……」

「いい。セレクションに間に合ったようでなによりだ」

鷹揚に制した王子の姿に、心臓がいつものペースを取り戻す。

 セレクションに駆け込んだ時、持たされたメモが王子の直筆であったと知るのは騎士になってからだった。

 式典で遠目から見てはっとした。王子の影武者であればいいと何度思ったことか。

 いさめられたのが王子からだなんて、さすがのジル・レオンも青くなる。さらに相手が覚えていたなんて、目もあてられない。

「指導係はラメルだろう?どうだ?」

 王子に近い騎士に無礼を働いたことを咎められるのか。

 本人からは特になにも言われてはいない。

 どうも、非難されるために呼ばれたのではないらしい。

 ただし考えはよめない。

「平民出身の自分に、よくしてくれています」

「そうか」

「優しくて、強く、憧れです」

「なんといっても、常勝の騎士だからな。最年少で騎士になるほどの実力者だ」

 次代の王は、専属騎士の話をしているときに、満足そうな顔をする。

「あえて言うなら、専属騎士をされているので、指導を受ける時間が少ないかなとは思います」

「俺の専属騎士だからな」

「独り占めはやめてください」

「言うじゃないか、一目惚れか」

 なんて俗っぽいことをいう。

 言葉につまるジル・レオンを見て、当の王子はにっこり笑う。

「図星か」

 どう答えたものか。黙っていても、王子の専属騎士に横恋慕していると認めるようなものだ。田舎者でも、ただですむわけがないことくらいわかる。

「……いけませんか」

 けれど口から出てきたのは、挑戦的な言葉だった。

 虚をつかれたように目を見開いて、王子はくくくと笑う。

「いや、悪くない」

 機嫌を損ねなかったことに、ジル・レオンは安堵する。

「だが、もし嫁にと考えるなら、俺と一戦交えてからだ。そうやすやすとは渡さない」

 軽快な言い方に隠されているのは、本音だ。

 仮に火遊び目的で近づこうものなら、完膚なきまでに殺される。

「殿下とラメルさんは、どのような関係ですか」

「第五王子とその専属騎士」

「それは」

 自明のことで、誰もが知っていることで。

 知りたいのはその裏側だ。

「想像に任せる」

「……風紀的に、どうかと」

「おまえも小言をいう口か。参った」

 きっと王子は、この件に関して本音は吐露しない。

「…………今日呼ばれたのは、一体」

「ああ、大体の用件は済んだ。おまえがどんな人間か、気になっていたからな」

「……気に入られました?」

「もちろん。王族に真っ向から意見するのは、なかなかいない。さすが期待の新人だ」

 やっぱり、自分は他とは違っているのだと思う。

 貴族はこんな下手なやりとりをしない。

「……首が飛びますか」

「まさか。信頼できる人間をどうして殺す?」

「…………信頼できるに値すると、いつ判断されたのか」

「ラメルへの態度だな」

「…………それは」

 一体どういう意味だろう。

「男だから。年上だから。そんな理由で、最年少かつ女流騎士のラメルを下に見るものはたくさんいる。高潔さが求められる騎士でさえ、身分にとらわれている。だがジル・レオン、お前はそうじゃない。ラメルを先輩として敬い、尊重している。それは上への覚えをめでたくするための、見せかけのものでもない。だから信頼できる」

「……誉めすぎです」

「正当な評価だと考えている」

 王子は椅子から立ち上がり、ジル・レオンと同じ目線となった。

「俺の護衛にいつか入るかもしれない。そのときは、よろしく頼む」

「…………はっ」

 ジル・レオンは、若き指導者に頭をたれた。

 見習い期間を経て、王室付き騎士になったのは、その後のことだった。



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