第34話 やっぱり私は受け入れることが
兄のように慕い、いきなり王族となった戸惑いを受け止め導く師。それでいて友のような存在。
そんな人物に裏切られて、レインに影を落とさないはずがない。
「ラメルは、知っていたか?」
「……前任者が、レイン様を斬ったことは知っていました。それ以上は、アズナヴールさんが、詮索するなと」
意味が判った。
下手に知ると、命がない。
処刑したはずの王太子が生きているなんて、最重要機密だ。
こんなこと、知る人数は少ない方がいい。
「ああ。生きていることを知られては困る」
「……レイン様は、それは」
「存じ上げない」
言えるはずが、ない。
レイン自身心の整理が追い付かず、ヒュース騎士長も周辺のごたつきをおさえるのに忙しかっただろうから。
時間が経っても言えなかったのは、ざわつかせたくなかったからだ。
未だに不安定な基盤の上に立つ王家。
様々な犠牲の上に成り立った今の国。
下手に告げると、全てがぐらついてしまう。
「……なぜ私に、このようなお話を?」
「状況が、整いつつある。殿下の護衛体制は、他と同じようになるだろう」
限られた一部の騎士ではなく、多くの騎士に守られる。
どうも最近のレインには、他の王族同様のフォーメーションで騎士がついている。
それは、疲労蓄積の分散と、経験値を積む上で、護衛する側としては理想的だった。
もちろん、信頼する専属騎士あってのことだ。
「……呼び戻すと、言うのですか」
「……経歴を詐称して、ケヴィーを呼び戻すのは、手間はかかるができない話ではない」
騎士の選抜方式も追い風だ。ジル・レオンが優秀だったため、庶民のセレクション参加も引き続いて行われている。
もう、ラメルは唯一無二の存在ではないのだ。
「ラ・メール。殿下は専属騎士に依存しなくともよくなった」
精神だけが、鉛を飲み込んだように重い。
いてもいなくても、別にいい。
「……殿下は、自発的に専属騎士を、ゆくゆくは騎士を辞することをお望みだ」
自分を保つために、ゆっくりと呼吸する。
大丈夫。うまく息は吸える。
「殿下のご意向ですか?」
「ああ。……私も同意見だ」
「婚約者が成ったこと、私が結婚適齢期となったこと、その他になにか理由が?」
「騎士を辞することが、ラ・メールのためである。それが理由だ」
大切なものを守るためには、自己犠牲を厭わない。
そんな主義に、思わず笑う。
「でしたら一言お伝えください。…………レイン様は、卑怯です」
「ーーラメル!」
「私にはどうしてもわからないのです。どうして、一人でいようとするのか」
「我々が考える必要はない」
「いいえ、考えなければ。一人は、どうしようもなく暗くて、冷たい」
「殿下はお一人ではない」
「それは見せかけだけです」
「うぬぼれるな、ラ・メール!そなただけがレイン様を支えているのではないぞ!」
唇を引き結び、ラメルは真っ向から後見人を見据える。
「…………すまなかった」
「……いえ、こちらこそ、生意気でした」
熱はいつの間にか引いていた。
「ただ、これだけは頭に入れていてほしい」
ヒュース騎士長は混じりけのない言葉を紡ぐ。
「殿下も、私も。ラメルを大切に思っていることに間違いはないと」
脳裏に浮かんだのは、暗い青。
ラメルは薄く微笑んで、一礼し、部屋を出た。
†‡†
「殿下。外交官らに格別の計らいをお願いいたします」
「ああ、わかってい」
「殿下はお分かりでない。一歩間違えば、戦争になりかけた」
オーヴリーの言葉を、否定できる者はこの場にいない。
王子の執務室。専属騎士は所用を言い付け、王子から離れている。側に控えているのはヒュース。万が一に備え控えの間にいるのは、口の固い騎士だ。
王子が隣国、マイラーの第4王女との縁談を破談にしたのだ。
相手方は当然の如く怒った。ノイア王国総力をあげ、先日どうにか穏便に済ませたばかりである。
「……手を煩わせた。すまなかった」
「我々が聞きたいのはそのような謝罪ではない。理由です」
「……如何様な」
「殿下が頑なに拒まれる理由です。婚姻も、夜伽も。無礼を承知で申し上げると、殿下の構えかたはおおよそ正常とは言えない」
「確かにひどい言いぐさだ、オーヴリー卿。だがこの際はっきりさせよう。端的に聞け。問いに答える」
「…………殿下は、あの専属騎士を側に置きたいと?」
「ああ」
「それは専属騎士としてですか」
「そうだ」
「正室は難しくても、側室でならなんとかなりましょう」
インク壺が机から転落した。
絨毯に染みを作っていく。
「騎士としてではなく、女として見ているから、だから正室を作らないのであろうと、そう言いたいか」
「……恐れながら」
「女流騎士に対する侮辱だな。王族の妾ではないぞ」
「お言葉ですが、殿下の振る舞い如何によっては、そのように見えること、お忘れなきよう」
「……助言は殿下の助けとなるだろう。オーヴリー卿、そろそろ次の予定が迫っているのではないか?」
騎士の長がさりげなく入り、双方は一旦引いた。
オーヴリーは置時計をちらりとみやり、一礼をして去っていった。
「…………22になるまで待ってくれ」
小さく呟いた王子の言葉は、ヒュースにのみ届いた。
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