第33話 隠された専属騎士
守られる側は守られることに甘んじてはいけない。当時の王位継承者ケヴィー・エド=ノイアに出会ったのは、第五王子がまだリフ・レイン=フィルプであり、王族ではなかった頃だ。
ケヴィー・エド=ノイア。前王の子だが、親に似ず、堕落を良しとしない王子だった。自分の身は自分で守る。誰に対しても公平公正である。
「そんな人間だったから、彼は殺される事なく、現王家の末席に収まった。実際に、嘆願書も少なからずあった。そして、革命が成功したのは協力なしにはあり得なかった」
「……それが、エドワード・ケヴィン=ノイアフィルプ、ですか」
「左様。王位継承権はなし。そして、殿下の専属騎士として配属された。
王位に未練はない。ケヴィーはそう言って笑った。かつての王子が革命を起こし、王族となった子供の臣下となる。嘲や誹謗中傷もあったのだと、今となっては思う。そんなことはおくびに出さなかっただけだろう。
主従の関係とはいえ、お互いに遠慮はなかった。家のことを抜きにして、意見を交換し合った。剣を習い、礼儀作法の練習をし、たまに城を抜け出した。
ラメルを拾ったのはその頃だ。一緒に過ごす時間が少しずつ減っていったときだった。
ケヴィーが剣の切っ先を向けたのは、それから一年後の事だ」
『ケヴィー……どういうことだ?』
信頼し合っていた騎士たちが切り捨てられている。部屋には二人だけだった。後ずさりながら聞くと、かつての王子は顔を歪ませた。
『どういうこともなにも、おまえはさぞかし気分がよかっただろうなあ、レイン?俺をこんなふうに貶めておまえは満足か?おまえは成り上がっただけだろうから知らないだろう。叩き落された側の気持ちを!下手に生かされ、軽蔑されながらこれからも生き続けなければならない絶望を!』
場所は騎士たちも使う更衣場所。剣は多数保管されている。保管されていた剣の柄が背中に当たった。
『……やめろ、やめてくれよ!ケヴィー、俺たち』
『友だとでも言うのか?それとも主従関係だったとでもいうのか!?そんな偽善的な関係全部まとめて捨ててやる!』
今までの思い出が、頭をよぎって彼方へ旅立った。どす黒い内面は見えなかったのだろうか、それとも見ようとしなかっただけか。
レインは剣を抜いて、震えて構えた。
『っ、なんで、おまえが……』
泣きながら、剣を両手で握った。そうしないと、震えが剣に伝わってしまう。
『それでいいよ、それでいい。俺たちは敵同士だ。たとえ父親同士が敵同士で、いくら俺たちがそうでなかったとしても、子供に罪はないとしても!禍根なんて、断たない限りいくらでも引き継がれるんだ』
向かってきたのはケヴィーだった。
先端が腕をかすり、そこで初めてぞっとした。
『――――ケヴィー、おまえ』
向かってくる。それを正面から受け止めた。
彼を見ると、悪意は顔から消えていない。
『オレのことが憎いか!?』
『ああ、憎い、だから殺せ!』
一旦距離をとったケヴィーは、自己の制御をやめた。
『殺されたくなかったら、死にたくなかったら俺を殺せ!』
彼の心からの叫びだった。
痛みがレインを通りすぎた
騒ぎを聞いて駆けつけた騎士たちに取り押さえられ、ケヴィーが引き立てられていくのを、レインはただ立ち尽くして見ていた。
ぬるりとした液体も、痛みも、内のものには敵わなかった。
‡
「専属騎士、ケヴィー=エド・ノイアは、城に住んで護衛をしていた。唯一外れるときは、彼の両親と月に一度面会するときだ。未だに権力欲から離れられない親を説き伏せるのに苦労していたらしい。そんな彼が、ある日面会に行くと、親戚がそばにいた。
――王子を暗殺しろ。そうすれば王位はおまえのものだ。
ケヴィーは断る。しかし、親族は続ける。
――おまえがやらないのなら、他の者にやらせる。
ケヴィーは、そこで、引きうけた。いや、引き受けるふりをした。
騒ぎを起こし、自分も捕まり、縁者をすべて処刑させるという乱暴なやり方だ。ある意味自滅の道でもある。それもすべてレイン王子を思う故だ。
事実、斬られた騎士もケガこそしているが、大きなものではなく、後遺症も残らない。死者はゼロ。ケヴィーは最後に、自分の死を願った。
――レインを傷つけてしまったから、自分を殺してほしい。本当はレインに殺されるはずだったが、彼は殺してくれなかった。今更、合わせる顔もない。あんな芝居をしてしまった以上、もうまわりからの信頼だって失ってしまったし、得られる事もない。王子の不利益になるのなら、自分は死にたい。
取調べをした私は、彼を保釈した。そして、死なないように厳命した。人と交流する機会もない閑職に据え、生きることを約束させた。
――いつかレイン様に真実を話すまで生きろ。それが罪だ。人の心を傷つけた罪だ。死んで忘れる等許さん。
前王夫妻を反逆者として処刑した手前、ケヴィーも死んだこととして扱われた。それは、レインの耳にも入り、彼の孤立を一層深めた。
必要な時以外、ほとんど口を利かなかった。
唯一の例外、ラメルを除いて」
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