第32話 理由

「君が騎士を志したのは、王家の忠誠心からだけではないだろう」

 全てを見通した目を前にして、かわすという選択はなかった。

 ひたすら黙るしかない。だってそれは、厳然たる事実だから。

 私情に他ならないものだ。

「そのことで私は何か言うつもりはない。動機がそれであることも私は構わない。セレクションを通過しても私の命令で認定を取り消す事もできた。そうしなかったのは、ただ騎士としての仕事に誇りを持ち、自覚してほしかったからだ。……もちろん、王子を支えてくれるのではないかという期待もあった。

 君は、幼いときと比べて強くなった。王家に対しても忠誠を尽くしてくれているし。職務も申し分ない。だが、君の気持ちは、強くなるばかりだ。

 ――私はね。心配していたんだ。どうしようもないくらいあふれた気持ちがかなわないと知らされたとき。君がそれに耐えられるのか。ヒュースと何回も話し合ったよ。

 不純というか純粋というかは分からないが、私がその気持ちを動機とするのをすすめたくないのは、その気持ちだけでずっと続けられるか。壊れたときに乗り越えられるかが心配だからだ」

 私は、騎士になると言ったそのときから、破滅の道を選んでいた?

 そうよ、そもそもどうして騎士になったの?そばにいたかったからでしょう。

 分かっていたじゃない。最初から。

 こうなることなんて。

 苦しいだけだって。

 報われないって。

「わた、しは」

 駄目。

 今口を開くか、王の目を見たら。

 喉が痛くなって、抑えられなくなってしまうから。

「……失礼します」

 ご無礼をお許しください。

 この顔だけは見せたくない。

 騎士としての無様は晒さない。

 許可も得ず、ラメルは部屋を飛び出した。

「ラ・メール!」

 騎士長の声が飛んでくる。

 振り向きもせず、絵画の間に飛び込んで、息をついた。

「……ラメル」

 すぐに追いかけてきたのだろう。

 簡単に扉が開いて、後見人がそっと入ってくる。

「ヒュース騎士長」

 私は騎士の顔を作る。

「…………先程は、とんだ失礼を」

「いや。陛下は不問にするとのことだ」

「……ありがたき幸せです」

 ラメルの配置転換、事実上の降格は、通常ならありえない。

 そんな無理が通ったのだ。不敬罪レベルの所作をしようものなら、騎士資格を剥奪されてしまうだろう。

 こんなに危ない義理の娘を、どうして今さら構うのだろう。

「…………すまなかったな」

 それは、騎士となるための手解きをしたことか。

 それとも名ばかりの専属騎士になったとき、レインを諌めきれなかったことか。

 私を見捨てたことか。

 一体どれだ。

「謝られる理由が、私には分かりません」

 目をそらした先には、夜の海があった。

 わずかに空気が震えている。

「……ラメル。殿下のことを、慕っているか?」

「………………是非を問われると、是となります」

「心乱れたのは殿下が原因か?」

 それ以外に、なにかあっただろうか。

「…………私を専属騎士から外したのは、レイン様の他、騎士長のご意向ですか?」

 質問には答えず、真意を問う。

 世継ぎを望む声は、オーヴリー卿をはじめ貴族階級に多い。

 レインを慈しむ騎士長が、レインの前途のため私を切るのは自然なことだ。

「いや。殿下の決断だ。それに有力な諸侯が後押しをした。そうなった以上、私が覆せるものではなくなった」

 今までずっとかばい、守ってくれたのはレインだ。

「……ラ・メール」

「はい」

「縁談を受けてはみないか」

「…………」

 誰かの妻になる、なんて。

 考えたこともない。

 騎士であり続けることが望みだった。

「……できません」

 例え居場所がなくなっても。

 暗い海に一人にはしない。

「私は死ぬまで、専属騎士であると自分に誓いました。レイン様を、私は裏切りたくない」

 メッセージを伝えたレインを置いてはいけない。

「……不名誉な隠居にならないとしても?」

「はい」

 騎士長は、長い息を吐いていた。

「……殿下が昔斬られたことは知っているか?」

「……それは」

王家の、城内のタブーだ。

幼かったため、ラメルは詳細を知らない。

「ラメルの前の専属騎士の話だ」

不名誉な行いをして、騎士として抹消された人物。

「エドワード・ケヴィン=ノイアフィルプ」

レインが人を信じなくなった元凶だ。

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