第31話 辞令

 

 いっしょに、いてくれるはずだったんだろう?

 なのにどうして剣を向ける?

 どうして、おれを。

 ――信じてた。

 人を信じるなとも言われた。

 それでも。

 お前の事だけは、信じていたのに。


 ‡

 私がその紙を受け取ったとき、どういう顔をしていたんだろう。

『ラ・メール=イスリータ 現在リフ・レイン=ノイアフィルプ第5王子付き専属騎士――を、王室付き騎士とする』

 名義はリフ・レイン=ノイアフィルプ。

 配置転換というやつだった。


「御殿医や古参の女官などをはじめ最近急に多くなった配置転換が、まさかここまでこようとは」

「――レイン王子とルフラン王女の仲睦まじく、王女が専属騎士を嫌がったそうだ」

 そうか、それなら納得がいく。

 だから私は、特段動揺しなかった。

 あの日以来ルフラン王女は城に留まっている。

 レイン王子は時間の許す限りいつも一緒だ。

 廊下ですれちがって、礼をして。

 二人は楽しそうに笑って気づいてくれなくても。

 私は別にかまわない。

 ――城が噂で満たされるほど、この二週間の人事は急激だった。特に王子に近かった者ほど、離れた場所への配置転換か、暇を出されている。

「専属騎士は代行でサー・アズナヴール。まだ正式ではないが、補佐でサー・ルセーブルが加わるとか」

「イスリータの異動は、飼い殺しじゃないか」

「露骨だよな、本当に……」

さざ波のように、密やかになった海の中を歩いていく。

風と同じだ。吹いた瞬間のインパクトはあれど、時が経てば吹いたことすら忘れてしまう。

それと、同じこと。




 石造りの城に朝日が差し込んで、白い光がほのかに城内を照らしている。遊軍扱いとなったラメルは、前にも増して空き時間が増えた。異例の人事が起きた元専属騎士に話しかける騎士はいない。それでいいとラメルは思う。

 いい訓練日よりなのに、腐っているのはもったいない。

 気分を変えようと訓練場に行こうとした矢先、あの王女がいた。

 一人で城内を散策するなど珍しい。……と思えば、いくぶん離れたところに王子の姿があった。

 軽く礼をするが、王子は気づかない。気づいたのは王女のほう。こちらにむかって意味ありげに微笑んだ。

「……ルフラン王女?どうかなされましたか?」

 王女は笑って私に近づく。

「ラ・メール=イスリータさんよね?専属騎士だった」

 トゲに気づかない振りをして、ええ、と私は首肯する。

「私たちね、婚約するの」

 ほんとうに、他愛ないといった切り出し方だった。

「あなたには最初に伝えておきたくて」

 私は、不意に彼女の指をみる。

 指輪が、ちらりと。

「訓練、がんばってくださいね」

 そうにこりとして、王子のところへ戻っていく。

「……所詮あなたは騎士なのよ。感情を封印して、気持ちを伝えることだって許されない。……結ばれるなんて夢を持たないでくれる?」

 足音が遠のいていく。

 私はそれをどこか遠くで聞いている。

 床が冷たい。

 私はなにをしようとしていたんだっけ?

 視界がぼやける。

 どうしてこんなにも前が見えないの。

 帯刀している剣が重い。

 この剣を渡したのは誰?

 ずっと続くと思っていた誰よりも近い場所にいた日々。

 あの頃はどこでいつの日?

 立たなくちゃいけないのに足に力が入らない。

 声が出ないにのどが痛いのはどうして。

「ラメル!」

 そういって駆け寄ってくる姿に。

 君を重ねてしまうのはなぜ。


「落ち着いたか?デイム・イスリータ」

 サー・ウェル国王は冷たい水を私に勧めた。

 ここは王の控え室。隣には、久しく顔を合わせなかったヒュース騎士長がいる。

「君は息子の専属騎士だね?」

 私はうなずく事ができなかった。

 自分でそうだと、胸をはって言う事ができない。今はなぜだか、気持ちのすれ違いしかないといえるから。

「リフ・レインが突然の配置転換を決めたときには私も驚いた。専属騎士との絆は切っても切れないものだからね」

 そういいながら王は彼の専属騎士、ヒュースを見る。

「……ラ・メール。続ける事ができるか?」

 なに、を。

 私は、騎士です。

 私は、レイン王子の、そばにお仕えする、専属騎士です。

 王子の剣であり、盾です。

 それらすべて、言葉にならない。

 私がそう思っていても、向こうがそう思っていなければ。ただの滑稽な独りよがり。

「君ならその腕を活かして、用心棒や護衛など仕事はいくらでもあるだろう。なんならギルドに口利きをしてもいい」

 どうして、そんな話を。

「――私は、君がこのまま騎士としての仕事を全うできるとは思えない」

 つけが、きた。

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