第27話 攻撃は最大の防御

 †

 脱走癖は多目にみよう。けれど式典のサボタージュは見逃せない。

「レイン様、時間ですよ」

「ラメルは、今日もそれか?」

聞いちゃいない。

 単身乗り込んだ執務室。正装のレインは、不満げに口を尖らせた。

 王子は普段から装飾品の類いを抑えている。今日のようなハレの日でもほんの少し身につける程度だ。

「ええ、これですよ」

 小言を言いたい気持ちをこらえ、ラメルは騎士の正装姿で一礼する。

 仕立屋に女性向けサイズで直してもらった男性用だ。

 機能的だが礼節も欠けないデザインは、一分の隙もない。

 背中には大剣を背負っている。

そして、質のいい生地で作らせた主の装いは、国を高みへと導く立場にぴったりだった。

よく似合っている。

「……あー」

「ツヴァイヘンダーを授与された時点で、男性並みに働くことは承知しています。……さあ、任命式ですよ」

 ラメルは主人を引っ張るように、新人騎士の任命式会場へ向かった。


 レインは新米騎士の任命式典で、スピーチを担当するのが常だった。

 こうして人前に立つと、安心感や包容力、リーダーシップがきらきらと光っている。

 ラメルは目立たない場所で控え、不測の事態に備えた。

 セレクションには全く関わっていなかったので、こうして新人の騎士を見るのは初めてとなる。

 平民からの選抜者もいるが、さて、誰だろう。

 護衛とチェックを兼ねて、ちらりと見渡してみる。

 育ちのよさそうな顔が多い。ーーそのなかに、見覚えのある茶色が留まった。

 同じ年の頃の、軽薄な男。

 ばっちりと目が合った。

 あろうことか、笑顔を浮かべている。

 ラメルはゆっくりと顔を動かし、向けられる視線には一切気づかない振りをした。


 ‡

「これは一体なんの真似ですか?ジル・レオン」

 雑踏から切り離されて、二人だけの世界。

 手を握るなんてことは、恋仲でもない限りはしない。

 もしくは、奔放な人間たち。

「……あなたは人当たりがいい。それは人として魅力的ですが、女性に対しての接し方が、軽やかすぎます」

「お褒めにあずかり光栄です」

「誉めていませんよ」

「手厳しいですね、デイム・イスリータ」

 笑みを浮かべているが、目は笑っていない。

 空気の読める後輩は、ラメルが女扱いされたくないことをよく知っている。

 その上で、性質ゆえか、気分を損ねない程度に女性として扱うこともある。

 それでもこれは線を越えている。

 きっと疲れているのだ。

「連日夜勤明けでしょう。予定を切り上げて、早く帰った方が賢明です」

 ジル・レオンに微かに動揺の色が走った。

「エルーに言付かった夜食、いただきました。ありがとうございます」

 アズナヴールに次いで、レイン王子の夜間警護に入る回数が多かったのがジル・レオンだ。

 アズナヴールが日中入っているのなら、夜はジル・レオンが埋めるしかない。

 夜間警護の騎士に夜食を運ぶエルーに、あんな指図をするなんて、彼くらいのものだ。

 ラメルとの巡回をこなしながら夜の番もするなんて、いつ倒れてもおかしくはない。

「……ラメルさん、知って」

「かまをかけたまでです。尻尾を出していただいて助かりました。シフトを組んでるの、一体誰ですか」

 しまったという表情の彼は、きっと油断をしたのだろう。

 口は引き結ばれたままだった。

「……守秘義務もあるでしょうし、これ以上は問いません。ただし、あなたは疲れている。今日のところは帰りましょう」

 ジル・レオンは、黙ってうなずいた。

 ラメルは来た道を引き返そうとする。

「――――っ」

 また、何かが聞こえた。

 心臓が早鐘を打つ。

 雑踏の隙間で何かが起きている。

「ラメルさん?」

 研ぎ澄ませ。感覚を。

 聴き逃すな、誰かの声を。

「ジル・レオン、戦闘準備を」

 短く告げて、ラメルは地を蹴る。

 腰の刀に手をかけ、路地裏へとその身を晒した。

「…………!」

 見覚えのあるエプロンドレス、頭巾をはぐられたエルーが、男に蹂躙されている。

 剣を抜き、真っ直ぐに不埒者へと切っ先を向けた。

「……城下で狼藉を働くとは、いい度胸ですね」

 抜き身の刀が鈍く光るが、男達は動じた様子がない。

「……離しなさい」

 押さえ付けた言葉に、男達は、けらけらと笑った。

「女に、言われてもなあ」

 刀を持つ手に力が加わる。

 ここでも、下に見られるというのか。

 笑い声が止まらない。

「ぐはっ!」

 ラメルの真横に風が吹いた。

 投てき用のナイフが男に刺さる。

 軽やかに跳んだジル・レオンが、ククリを片手に男たちへと突っ込んでいく。

「そこの守りと介抱は任せました!」

「ええ!」

 小回りのきく刃は男たちの力を奪っていく。

 ラメルは這い出てきたエルーを後ろへ下がらせ、仁王立ちをした。

 ジル・レオンのさばきかたは、正確無比で、無駄がない。

 一切の慈悲もなく、悪をほふる。

「た、助け……」

「――それはできない相談っすね」

 温度のない声とともに、命を絶つ音がした。

 普段とは似ても似つかない冷めた瞳が、悪事を働いた者たちを見下ろしていた。

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