第28話 最後の食事会
「さすがですね、サイズぴったり」
屋台で調達した男物と女物の服は、それぞれジル・レオンとエルーにぴったりだった。
返り血を浴びた服は、上着にすっぽり隠れてしまっている。
ぼろ布で刃をぬぐった後輩は、おもむろに立ち上がった。
「俺、ちょっと城下の騎士と話してきます」
「頼みました」
騎士とはいえ、非番中に民間人4名を斬ったのだ。
被害者であるエルーを助けるためでも、弁解はしなければいけないだろう。
ふらりと姿を消す後輩を見計らって、ラメルは口を開く。
「……エルー」
震えている彼女は、暖かい。
生きている。
うっすらとやけどのあとが見える顔を、ラメルは頭巾を結んで見えないようにした。
間に合わせで調達した服をしっかりと着こんで、自らの身体を抱き締めている。
「今日、だったんですね。城を、出るの」
誰にも言わずにひっそりと城を出て。
ささやかな荷物を持って。
人目を避けるように、城を去った。
「……エルーの目的地まで、送ります」
けれど彼女は首を振る。
「一人で、行けますから」
「どこへ?」
押し黙る彼女は、何かを考えているようだった。
「……レティ修道院へ」
口を開く前に、複数の足音が近づいてくる。
警戒レベルをあげると、見知った顔が別の男を連れていた。
「ラメルさん、レティ修道院の院長補佐が来てくれましたよ」
「ちょうどよかった」
「……私は」
もつれる足でどこかへ行こうとするエルーに、ジル・レオンが触れた。
「ひっ……」
ぱったりと意識をなくし、エルーはどさりと倒れてしまう。
硬直したジル・レオンは、真っ白になっているようだ。
「……軽いショック症状でしょう。命に別状はないようです」
修道院の関係者がいうように、息はある。
「……ジル・レオン、エルーを運んでください。ひとまずレティ修道院で休ませましょう」
向き合わなければならない。
見たくなかったことを。
見ようとしなかった事実を。
「それはどういうことですか」
パンとチーズが乗ったかごが揺れる。
グラスに入った水が波紋を作った。
「エルーシア・リー=ルージュをこちらでお預かりするお約束は、交わしていないということです」
教会奥の小部屋で、ラメルとレオンは院長補佐のニネヴェは向かい合っていた。
意識を失ったエルーは、別室で休んでいる。
「デイム・イスリータ立ち会いのもと、彼女の荷物を確認しました。依頼状の類いはありません」
「しかし、レティ修道院は、広く困った者を助けると」
「サー・ルセーヴル、ご容赦を。ここはすでに行き場をなくした者たちで溢れています。無期限の滞在は、紹介や依頼状がない限りすでに難しくなっているのです」
「……王子の依頼文でもですか?」
エルーの荷物の中に、レイン王子直筆の推薦状があった。
曰く、この者は一身上の都合により城勤めを辞すが、能力優秀なため引き立てることを願う、と。
ご丁寧に、王子の印章つきだ。
水の波紋を型どった印は消えない。
「……どうかお察しください」
王子の依頼文でもできないということは、財政が相当逼迫しているか、居住スペースの問題かだ。
怒りと失望を圧し殺している後輩を横目に、ラメルは深呼吸する。
さて、どうするか。
静かにノックされ、修道女が入室する。
ヴェールで顔がすっかり覆われた女性は、エルーが目覚めたことを告げた。
そのまま軽く礼をして退室したとき、ラメルには見えてしまった。
エルーと比べて面積が広く、深い火傷のあとを。
「……彼女は、まだ軽いほうです」
目を見開く。
「身寄りも、頼れる者もいない。そんな者たちばかりです。彼女には騎士様達がおられる様子。生家で職を与えていただくことは……」
私たちは、どちらとも生粋の貴族ではない。
それでも、比べられてしまったら、エルーはまだましだと、言われる材料に、自分達はなってしまう。
「…………モルボル」
「え?」
「俺の故郷、モルボルにある、教会に置いてもらおうと思います。お手数ですが、手紙を書いていただいても?」
「……構いませんが、あそこは最西端。人を一人置いてもらえるかは保障が」
「自分の実家があります。いざとなればそちらで面倒を。しかし将来を思うなら、教会で働いた方がいいでしょう。読み書きもできるので、ミサの手伝いもできる」
「それでは、手紙を書きましょう。依頼は、騎士様にお願いすることとなりますが……」
「承知の上です。よろしくお願いします」
「……お昼過ぎには、お渡しします。それまで食事をとられるとよいでしょう。レディ・エルーシアとともに」
ニネヴェは神妙な顔つきで退室した。
……入れ替わりに入室したのはエルーだ。
「詳しい話、聞いてもいいっすか?」
ジル・レオンの問いに、エルーはこくりとうなずいた。
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