第26話 船出の準備 2

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「すみません!セレクション会場ってどこに行けばいいですか!?」

 見慣れない栗毛が、息を乱して駆け込んでくる。敷地の喧騒はすでに別の場所へ移っていて、周りに人はいなかった。

「演練場なら、この道を真っすぐいって左側です。係の者が立っています」

 年に一度のセレクション。今年は平民からの選抜を開始した。合格し騎士になると、見習いの身でも身分は跳ね上がる。

 いつにもまして受験者は多く、不届きものの侵入に王室付き騎士はぴりぴりしていた。

 すでに受付は撤収したけれど、この青年は田舎からセレクションを受けに来たのだと思う。

 恐らく走ればまだ間に合うはず。

 意思の強そうな瞳に、突きつけるノーはラメルには思い浮かばなかった。

「ありがとうございます!」

 にっかりと笑った顔をみると、レインよりは年下か。健康そうで、礼儀正しい彼は、きっと平民でも暮らしが安定しているほうだろう。いいところまでいくかもしれない。

「どういたしまし……」

 がっと両手を握られる。

「――!」

 しまった、油断していた。

 無害な人物だと根拠なしに信じてしまった。

 王子が傍にいないのがなによりの幸運――。

「もし騎士になれたら、一緒に働けますね!」

 降ってきたのは肉を裂く刃ではなく、軟派な言葉だ。

「…………は?」

 ……私は今、何を言われているのだろう?

「騎士団の補佐官ですか?それとも城の」

 口を挟むタイミングをうかがっていると、すこーんと緩やかに放り投げられた芯が青年をかすめる。

「すまない、投げる方向を誤った」

 ふらりと一人果物をとって食べていた不良王子が戻ってくる。

 確信犯のレインは、ゆっくりとこちらに向かってきた。

 捕まれていた手は離された。

 なくなっていく感触に内心ほっとする。

「セレクション参加者か?」

「はい」

「合格したら、仕事を教えてもらうことになるんだ。軽率な行動は控えるように」

 レインの言葉に、青年は目を丸くした。

「え、でも、女性……」

 はっと目を見開く。

「おっ、見る目があるな」

 王子はどこか嬉しそうだ。

「茶化さないでください。……あなた、 急がないと、セレクションに参加できませんよ」

 すでに受付時間は過ぎているのだ。

 演練場の係が却下したら、試験は受けられない。

「あー、それは悪いことしたな」

 レインは懐から羊皮紙の切れ端を取り出した。

「――誰かに止められたら、これを持っていって見せてみるといい。ほら、走れ」

 受験者はひょいと受け取り背を向ける。

「あ、はい!それでは!」

 青年は足早に駆けていった。

「……先程渡したものは」

「俺のサイン。引き留めたって書いてある」

 なるほど。彼は、無事に試験を受けられる。

「……ラメルの性別を間違わなかったなんて、初めてなんじゃないか?」

「そうですね、不覚です」

 意識的に声を低くして、髪も耳が隠れるくらいのショートカットにしている。

 見破られたのにはびっくりした。観察力は、王室付き騎士に必要な資質の一つだ。

「ラメルは男には見えないってことだよ」

「それは……なんとも言えませんね」

 性別で侮られるなら、男に見える方がいい。

 意味がないのなら。

「髪のばしたほうが、俺は好き」

 レインを見る。

 王子のほうが、髪が長かった。

 この状態でいることで、王子に恥をかかせてはいないだろうか。

「……邪魔にならない程度であれば、考えてみます」

「よろしく」

 からりと笑ったレインに、ラメルは無言をもってかえした。



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