第21話 あなたの側にいたいから
好きっていう感情はどんな状態なんだろう。
不定形で、ぼやけていて、今の気持ちが説明できない。
†
剣を抜き、構えて斬る。
この動作を何十回と繰り返す。
誰もいない演練場で、ラメルは一人汗を流していた。腕は痺れ、機械的に気の遠くなる動作を繰り返す。
「……っ!」
人の気配を感じとり、振り向き様に大剣を突きつける。
「……レイン様」
降参とばかりに両手をあげているのはラメルの主人だ。
「悪い!驚かすつもりはなかった」
ラメルは剣を下ろし、背中から鞘を外し、納刀した。
この時間、王子はまだ寝所にいるはずだ。朝日がやっとのぼったくらいの時間は、夜通しで控える従者以外は休んでいる。
城は至って静かだ。
「……どうしてここへ」
「ラメルがいそうな場所を探してた」
「護衛の騎士は?」
「お忍び」
「……危ないことをして!」
敷地内に賊が入り込み、王子の暗殺未遂が起きたのはついこの間の話だ。以来、王子には24時間騎士が張り付く厳戒体勢が敷かれている。
ラメルは主犯のシャー・ラルを取り逃がし、王子を守るどころか戦わせた。この失態は、専属騎士を解任されても不思議ではない。事実、そのような事態になりかけた。しかも、襲撃者はかつてスラムで育った仲間。疑いも役満だ。
待ったをかけたのがレイン。後押ししたのがヒュース。
罰として無期限で無休で働かせること、ラメルを解任した場合は自身に専属騎士を置かないことを言い放ったのだ。
「安心しろ、自衛手段は持ってる」
レインは剣を示す。
並の騎士ならのしてしまうレインは、今のラメルよりよっぽど強い。
一人で行動するななんて、言えるわけがなかった。
「私は、あなたの騎士にふさわしくない……!」
ただそばにいたい一心で、セレクションを受け、騎士となった。
通過後は不調だ。
守られるなんて間違っている。守る側であるべきで、そうしなければならない。
なのに無力で、非力で。
自分が嫌になる。
「それを決めるのは俺だよ、ラメル」
半端な騎士なんて必要ないくらい、レインの実力は折り紙付きだ。
専属騎士は自己都合で辞められない。
傍にいることがしんどくなるなんて思わなかった。
「私は、お情けでレイン様の側に置いてほしいとは思いません……!」
絞り出した声は本心だった。
ただいるだけじゃ駄目だ。
側にいる資格だけじゃ足りない。
側にいられるだけの力を持っていないと、私は王子の枷になる。
「だからラメルはこうやって一人で練習してるんじゃないのか?」
どこまでもレイン王子の指摘は正しい。
ラメルは少しでも騎士にふさわしくなりたくて、時間を作って鍛練している。
いつまでも甘えてはいられないから。
「私は、何があってもレイン様の騎士でありたい。けれど、今ではそう言ってもただのわがままにしかなりません。だから、力が欲しいのです」
「それでこそ、俺の騎士だよ」
王子は抜刀し、ラメルに斬りかかった。
「……なにを!」
ラメルはレインからもらった剣で受け止める。
「おまえは騎士を続けると言った!俺はその意を汲んだ。それでも自分がふさわしくないと考えながらやるのなら、俺を倒せ」
「バカじゃないんですか!?自分の主人を傷つける騎士がどこにいると」
ざしゅっという音が耳元で響く。
金の髪が一房落ちた。
「落ち度がない騎士に剣を向ける王子ならここにいるぞ」
夜の色の瞳は暗い。
レインは本気だ。
「アーマーもつけていないレイン様を、攻撃しろと……?」
「お前は防具をつけていない襲撃者は制圧できないっていう?」
「……言いません」
「殺しにきても、相手によって、対応を変えるか?」
「……変えません!」
一撃一撃が重い。
私は、本当の意味で、人を傷つけることが怖かった。
自分が死ぬのなら。運が悪かったと思う。
レインが死ぬのなら。
あのときシャー・ラルに、レインを殺されていたらどうしたか。
「なら、俺を殺しにくるつもりで来い!誰であっても、倒せ!試合じゃない、生きるか死ぬか!」
ーーどんなことがあっても、私は騎士を続けます。
あの日、レインに聞かれたときに、私は言った。
レインと共に在るために。
「私は、レイン様の、騎士です!」
だから、レインを傷つけるものが現れたら、鬼になろう。修羅になろう。
誰よりも強くなって。背中を預かる立場になろう。
「あなたよりも強くなければ、選んだあなたに顔向けできない!」
レインの剣を、ラメルは折った。
勢いのまま、ラメルの刃はレインへ襲いかかる。
「……そこまでです」
レインとラメルの間に割って入り、ラメルの刃を受け止めたのはレインの夜間警護を担う騎士だった。
「……アズナヴールさん」
「……殿下、ベットから抜け出される騎士の気持ちをお考えください」
表情の乏しい騎士は、微かに眉をひそめる。
「……悪いな。お前の飲み物に睡眠薬を盛った」
「従者に薬を盛るのは、10代までにしてください。下剤でないことには感謝しますが」
アズナヴールはレインを探し回り、物陰から様子をうかがっていたのだろう。
そうでなければラメルは斬られていたはずだ。
「それとラ・メール」
「は、はい」
「今回私が間に合わなければ、あなたは殿下を殺していましたよ、気を付けなさい」
はっとする。
無我夢中で、加減もできていなかった。
「も、申し訳ありません」
「アズナヴール、そのへんに」
「煽ったのは殿下ですから、死んでいても文句は言えませんが。もし死んでいたら責めを負うのはラ・メールですよ」
寡黙なアズナヴールがここまで話すのは珍しかった。
「あなたが専属騎士になってから、王子は機嫌がいい。護衛がやりやすくなって我々は助かっています」
「遠慮がないな、アズナヴール」
「あなたの護衛をして長いですからね。……ラ・メール、あなたは自分にもっと自信を持っていい。王子にあそこまで切りかかることができる人間はそういません」
「………あ」
「あなたのお父上のように、命を賭けて間違いをただすのも専属騎士の役目です」
「…………はい」
間違ってはいないと言われているようで、それがラメルにはありがたかった。
「朝食前までは私が護衛をしますから、ラ・メールは髪を揃えてきなさい」
頭が軽い。手をあててみると、見事に片側の髪が切り落とされている。
セミロングだった髪は不揃いだ。
「ラメル、悪い………!」
「いいえ、いいのです」
レインと剣を交えたおかげで、甘かった私を捨てられた。
だから、いいのだ。
私が一番大切にしたいのは、レインの安全、レインの幸せなのだから。
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