第19話 隣の人物

 行き場のない思いをどうすればいい。

 こんな思いは、知りたくなかった。


 ‡

「この道を通ると演練場には近いんっすよ」

 ニッチな近道の知識にラメルは内心舌をまく。

「そこの小部屋は使われてないんですけど、使用人たちの密会場所になってます。様子はうかがっても、扉を開けるのはそっとのほうがよさげっす」

「王室付き騎士は一体何を見ているのですか……」

「城内の日常ですねー」

 ジル・レオンと行う城内の巡回警備は、比較的に平和だった。

 正門の門番に当たった日には人目もあり、立ちっぱなしの重労働だ。一方、城内の決められた範囲を哨戒するだけなら、多少の雑談も可能だと知った。

 特にこの一週間、日中は人通りの少ないフロアばかり巡回の任が下っている。すれ違うのは使用人ばかり。気を張るシチュエーションはほとんどと言っていいほどなかった。

 今日だって、城内裏知識ツアーが始まっている。

 ジル・レオンは、城にいる期間がわずかだったにも関わらず、城内を知り尽くしていた。

「レオン、おまえずるいぞー」

「トマさん、ちーっす」

 近くのフロアから様子を見に来た騎士が、まっすぐジル・レオンのほうへと向かい、軽口を叩く。

「ちっす、じゃねえよ、お前最近緩い仕事ばっかりじゃねえ……」

 ジル・レオンを羽交い締めにしていた騎士と、ラメルの目が合った。

「こんにちは」

「こ、こんちは……」

「トマさんそんなかしこまらなくっても!知ってるでしょ?ラメルさん。今は専属騎士代行、アズナヴールさんがしてるんで、ラメルさんは巡回警備やってるんすよ。つまりは新人です」

「巡回警備のイロハをジル・レオンに教わっています。よろしくお願いします」

 軽く頭を下げると、ジル・レオンの言葉が降ってくる。

「なんかこうしてると、俺のほうが先輩みたいっすね」

 嫌みに感じないのがまたすごい。

 硬直した空気をいとも簡単に解きほぐしたのも。

 さすがの大物っぷりに、先輩騎士も呆れたようだ。

「レオン、直属の先輩に向かってそれを言うのな」

「ご安心を。その減らず口、いずれ見習い騎士の前で叩き直しますよ」

「え、勘弁してくださいよ。ね、トマさん、俺、通常運転でしょ?」

年齢、職務、家柄と、序列の制度は様々だ。関係ないと言わんばかりにフラットに接する人間は他にいない。

「……まあ、そうだけど」

 ジゼル・トマ=ラヴァーニュは、言葉を濁す。

「その怪しげな敬語で生きている騎士はあなたくらいですよ、ジル・レオン」

「でもみなさん許してくれちゃうんですよー」

 そうだろう。

 ジル・レオンには不思議な魅力がある。

「……あなたには負けます」

「ラメルさんももっと他の人と話したら面白いっすよ!ね、トマさん」

「……まあ、仕事柄、ほとんど話したことがないしなあ……」

「そうですね。王室付きの中でも、王子付きの人数は極端に少ないですし、関わりがほぼないので」

 王族の警護は、専属騎士と、アシストを行う王室付き騎士で行う。

 日々の予定や治安状況によるが、専属騎士を筆頭に複数名で班を組み、王族の護衛業務にあたる。班は1日毎に編成し直されるが、王族との相性や実力の点から、班のうち過半数のメンバーは固定化している。

 例えばサー・ウェル国王護衛のヒュース班は、ヒュース騎士長が専属騎士、その下に10名ほどの直属の部下を抱える。複数名が常に側に控えている最重要人物だ。

 妃もヴァルテルミー副騎士長以下、5名ほどが、恒常的に護衛をおこなっている。

 どちらもそこに日替わりで複数の騎士が入る。

 一方で、王子の護衛、イスリータ班は異彩を放つ。

 専属騎士ラメルの他は、恒常的に護衛を行う騎士は数えるほどしかない。

 夜間警護のアズナヴール。夜間警護補助やその他アシストでジル・レオン。

 他の騎士は必要に迫られた場合、日替わりで任務に入る。

 9割8分の仕事は専属騎士であるラメルが一人で行っていた。

「夜間警護は免除とはいえ、365日休みなし。騎士になってからほぼ王子に張り付いてたもんなあ」

「アズナヴールさんも大変なんじゃないっすか?」

「目元にくまこさえてる。そろそろ倒れるだろ 」

「じゃあラメルさんも呼び戻されそうっすよね?」

「だといいな。……イスリータと話せてよかったよ」

「私もです、ラヴァーニュさん」

 先輩騎士はゆっくりと去っていった。

 笑みをたたえていた後輩は、憮然とした表情になる。

「ラメルさんはこの機会に同僚と仲良くするべきっすね」

「……努力します」

 私の言葉に被さるように微かに鐘の音が響く。

 昼の合図だ。

「ーー手始めに一緒に飯行きましょ。今まで一人で食べてたんでしょ?今日という今日は、一緒に食堂きてもらいますからね」

「ちょっと、まだ交代がーー!」

「次の当番トマさんっすよ、もう入ってるんで大丈夫っす」

 ラメルは引っ張られるようにして食堂へと連行された。

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