第18話 求婚未満2

 セイバーを構えると、相手も構えたままだった。

 試合はすでに始まっている。

「……こないのですか?」

「ラメルさんの一太刀を見極めてからにしようと思って」

「……そうですか」

 ラメルはジル・レオンをくまなく観察する。隙がなく、基本動作に忠実だった。

 セイバーを下ろしたまま、ゆっくりと一歩ずつ近づいていく。

 そんな私に、怪訝な顔をした後輩は不意にガードが緩まった。

 刹那、殺気の本流と突きがジル・レオンを襲った。

「っ!」

 突きを弾かれ、ラメルは飛びすさって距離をとる。

「……まじで怖いっすよ、嫁の貰い手なくなっちまう」

「仕事柄、殺気は漏らすものではありませんからね。……無駄口を叩く余裕があるのですか?」

 休まずに突くと、ジル・レオンは全てを避ける。

 ギリギリとはいえ、怪我ひとつせず避けきるのも珍しい。

「…………」

 趣向を変えよう。

 力を込め、ためた攻撃を放つ。

 大振りになったところを、後輩は見逃さなかった。

 セイバーを上段から振り下ろし、私の刀を叩き落とそうとしている。

 ステップを踏んで交わすと、ジル・レオンは勢いそのままつんのめる。

 刀を弾き、地に伏した人間の首筋に切っ先を突きつけた。

 吐息が漏れた。

「…………参りました」

 敗北宣言を聞き、ラメルはセイバーを鞘におさめる。

 言葉少なな様は、いつもの彼らしくない。

「ジル・レオン、どこか怪我でも」

「いいえ、かすり傷程度です」

 確かに流血箇所はなかった。

 むくりと立ち上がって、セイバーを拾いあげる。

「……大味な攻撃って、わざとですか?」

「ええ、あなたがあまりにも華麗に避けるので、どのように反応するのか気になって」

「反撃のチャンスって思ったんですけどねー。それすら手のうちってわけっすか」

「頼もしい後輩を、つい試したくなってしまって」

 セイバーを立て掛け、くるりと振り返ったジル・レオンはへらりとしている。

「俺、専属騎士になれますかね?」

「なれると思いますよ。技量だけ見れば王室付き騎士の中でも上位です」

 忌憚のない意見に、茶化すか小躍りして喜ぶか。

 さて、どちらだろう。

「じゃあ俺に専属騎士、譲ってくださいよ」

 かなりの変化球。

 ラメルなら、許容範囲スレスレだ。

「私が死んだときにはお願いしますね」

「それじゃダメだ」

 笑顔は消える。

「どういう意味です」

「ラメルさんは、自分が死ぬまで騎士をやるつもりなんですか」

「そのつもりです」

「そこに女性の幸せは?怪我したらどうするんですか」

「あなたには関係ないでしょう」

「関係ありますよ!」

 ……なぜ。

 関係があるという。たかだか数年の付き合いだというのに。

そんなことを言われる理由がない。

例えば心配からくる発言だとしても、これはラメルにとっては侮辱だ。

「…………そこまでいうなら、最後に勝負をしましょう」

 ラメルは三本目の刀を取り出した。

「その軽装で、接近戦をするつもりですか?アーマーか、せめてメットでもかぶってもらってーー」

「今さらなことを言わないでください。それに、実戦においてそんな悠長に敵が待ってくれますか?女だからと手加減しますか?……ジル・レオン、構えなさい」

 隠す必要はない。殺気をほとばしらせ、チュニックの上から籠手を着けただけの私は、手負いの獣だ。

「…………45センチ、900グラム」

 ジル・レオンは、ククリを抜いた。

 真っ向からぶつかれば、ジル・レオンのククリはラメルのファルシオンが折る。

 ただし、懐に入られると、小回りのきく刃でラメルは傷つけられるだろう。

「……無傷で帰す自信はありません」

「結構です。殺すつもりでかかってきなさい」

 私も、そのつもりだ。

 専属騎士として、専守防衛に努めてきた。

 王室付き騎士として、礼儀正しく振る舞ってきた。

 けれどかなぐり捨てようか。

 脅かす敵を、薙ぎ払おう。

 殺すことより死なせず倒すことのほうが難しい。

 ジル・レオンが走り込んできた。

 ただひたすらに、真っ直ぐ。

 一戦目のツヴァイヘンダーのときのように、間合いに入る。

 十分引き付けてから左から右へ、正面を払った。

「っーー」

 挑戦者はかわして跳躍する。

 今にも振り下ろさんとするのは、がら空きの左側からだ。

 片手で持っていた刀で受けようにも間に合わない。

 右から左へ刀をパスし、攻撃をなんとか受けた。

 跳躍の際にのったパワー。元々のパワー。

 慣れない左手一本で受けると、びりびりする。

 相手の刃は折れていなかった。

「はっ!」

 無駄のない動きが金髪を数本持っていく。

 距離が近すぎる。

 ラメルは刀を回し、柄でジル・レオンの腹を突いた。

「…………!」

 たたらを踏んだところで、もう一度刀を回転させる。

 突きつけようとしたときに、タックルを受けた。

 想定外の動きに反応が遅れ、背中から地面にたたきつけられる。

 ラメルにジル・レオンが覆い被さり、首もとにククリが突きつけられていた。

「……降参、してくれませんか」

「それはできない相談ですね」

 右手一本で持ったファルシオンで、ラメルはジル・レオンの首に狙いを定めていた。

「……この体勢、俺のほうが有利ですよ」

「そうですね。それは認めます」

「認めてほしいのは先輩の負けです」

「私が負けるのは、私が死ぬときですよ」

 広がった金髪に影が落ちる。

 ククリがラメルの耳元をかすめた。

「負けてくれないと、俺はーー」

 ラメルはジル・レオンの腹を思い切り蹴った。

 痛みに呻いたところを抜け出し、体勢を逆転させる。

「警戒を解いてはいけませんよ」

 馬乗りになり、四肢を封じられたジル・レオンには為す術がなかった。

「……お手上げです」

 ラメルは黙って敗者から離れた。

 赤い滴が一滴落ちる。

「ラメルさん、血が!」

 言われて初めて熱に気づく。

 頬をかすめていたらしい。

 手をあてると、髪も少し不揃いになっている。

「本当に、すみません!女性の顔に傷……!」

「私の力が足りなかったことでこうなったのですから、あなたが気に病む必要はありません」

「でも、責任をーー」

「なんの責任ですか」

そこで後輩は満面の笑み。

「いざとなったら、夫婦になりましょう」

「バカを言うのも大概にしなさいっ!」

「もちろん、俺の一番の望みは跡が残らず治ることなので!」

 こたえたふうもなく、後輩はにこにこするのみだった。

「……私は一旦部屋に戻ります。6時からはまたよろしくお願いしますね。お疲れさまでした」

 ラメルは自前の剣を担ぎ、演練場から出ていった。




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