第17話 求婚未満
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「先程は、失礼しました」
「いえ、こちらこそ、出すぎたことを言いました」
謝るラメルに頬を赤くしたジル・レオンは深く頭を下げる。
巡回先に顔を出してきた途端にこうなった。
これでは後輩をいじめているみたいだ。
「顔をあげなさい」
「頭と顔、冷やしてきました。ラメルさん」
「それは分かりましたから」
「では今日の空き時間には練習試合お願いします!」
交換条件と言わんばかりの申し出にはたじろいだ。
それでこの妙な空気が霧散するのなら。
「それは……構いませんが」
怪訝な顔をすると、顔をあげた後輩の真っ直ぐな茶色に吸い込まれそうになる。
「負けなしなんでしょう?一年目の秋くらいから」
相対した賊は全て討ち取り、模擬試合でも負けなしだ。
常勝の騎士。そんな通り名が城下で流れているとも聞く。
「たまたまです」
「たまたまなわけないっしょ。ひとまず楽しみにしてます」
後輩はうってかわって、ご機嫌だった。
ラメルはそのままなにも言わず、業務へ頭を切り替えた。
「ーー戦ったこと、ありましたっけ?」
「ラメルさんとはないっすね。お仕事忙しそうだったし。楽しみです。手合わせは」
騎士団御用達の演練場には、他には誰もいなかった。
広々として、空気は冷えている。
フラットなラメルと、興奮冷めやらぬジル・レオンは、互いに準備体操を終えた。
「木刀?真剣?どっちにします?」
「真剣でやりましょうか」
実戦は常に命がけだ。
ラメルは背負っていた剣を抜いた。
遠目からでも、相手が表情を変えたのが分かる。
「……その剣使うんすか?ラメルさんの体より大きいじゃないですか」
「確かに、狭い場所でこれを振るうのは無理がありますね。ここでは問題ありません」
王子の日中警護で城内にいる際は、別の剣を帯刀している。
「ツヴァイヘンダー使ってる騎士、初めて見ましたよ。持ってるのって、大体傭兵でしょ」
「ジル・レオンはどうします?レイピアにしますか?」
「ラメルさんは俺を殺す気ですか」
騎士の多くが使っているのはレイピアだ。細身の剣で、突き刺して戦う。
対してラメルの愛刀、ツヴァイヘンダーは大剣だ。ラメルのものは、持ち主の身長よりやや長い程度。
両手持ちで斬りつけて使用するが、振り回すことも可能である。
レイピア程度なら真っ向からぶつかれば折ることも難しくない。
何しろ石造りでもなければドアだってぶち破るのだ。
「……じゃあこれで、いきます」
ジル・レオンは、腰に吊っていた刀を抜いた。
お互いの愛刀は、ノイアの騎士で使うものは他にいない点が共通している。
彼の得物はバスタードソード。長剣にも大剣にも属さない、中途半端と揶揄される刀だ。
片手で持つにはやや重く、両手持ちで振り下ろしても他の大きな刀に力で負ける。
「準備は、いいですか?」
「はい、いつでもいけます」
真っ向から見据え、深呼吸する。
「では……はじめっ!」
掛け声と同時に、相手は地を蹴った。
「冗談抜きで、死ぬかと思った」
数分前にツヴァイヘンダーが首もとすれすれを切ったのだ。
後輩は滝のような汗を流していた。
「よく生きていてくれました」
「ラメルさん、俺ちゃんと首ついてます!?」
「ちゃーんとくっついてますよ」
「……ツヴァイヘンダー相手は二度とごめんだ」
ーー間髪いれず正面から突進してきたジル・レオンを、ラメルは微動だにせず迎え撃った。具体的には、間合いに入った瞬間に思い切り振りかぶるという具合に。
バスタードソードは吹っ飛び、勢いのままツヴァイヘンダーはジル・レオンへ向かっていく。
ラメルが両手に力を込めコントロールして事なきをえたが、ジル・レオンが反射的に止まっていなければ首もどこかへ飛んでいっただろう。はからずも死線をくぐった後輩は、大の字に寝転がりながら、息も絶え絶えだ。
「全長1.8メートル、ラメルさんが持ってるとこみると、三キロってとこですか。もっと細身の、フランベルジェとか、それこそ正当なレイピアとか」
「戴いたのがツヴァイヘンダーでしたから」
「……まじっすか」
似合う似合わない、体格に合わない、エトセトラ。
ラメルの刀に物申す人間ははいて捨てるほどにいた。
ただし王子からの刀と知れば、大抵黙る。未来の国王のセレクトにけちをつけられる人間はほとんどいない。
「元々使っていたのはファルシオンです」
「80センチ、1.5キロ、妥当なところですよね」
ショートソードから大剣へ。まさか倍になるとは思っていなかったけれど。
「そうですね。……ジル・レオンの得物は?セレクションは自前の武器を使うでしょう」
「あー……ククリです」
ファルシオンと同じく、斬りつけて戦うタイプ。真っ直ぐなファルシオンと違い、曲がった刃が特徴だ。
「殺傷能力の高いやつですか、えぐい」
「失礼な!調理や木工細工にも使えて便利なんです!」
商人や旅の者に使用者が多い。庶民向けの一本だろう。
「賜ったものもあったのでは?初の平民出身騎士ということで」
「そっすね、それがバスタードソードです」
「劣等」を冠した刀。中途半端と言われ、騎士には採用されなかったバスタードソード。
「……ったく、刀の選定絶対おかしいですよ」
「ジル・レオンに任せた方がよいかもしれませんね」
実際に、私は通常の戦闘に不向きということで、ヒュース騎士長からセイバーを賜っている。ジル・レオンも同じく別途刀を持っていた。
「……次、セイバーでやりません?」
「いいですね、やりましょうか」
ラメルは刀を納め、立て掛けていた剣を手にとった。
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