第15話 絆

 ふわふわのカーペットに、靴音はかき消されていく。

 ラメルのせかせかとした歩調に、後輩騎士は小走りで追い付こうとしていた。

「ジル・レオン、本日の担当場所はどこですか?」

「3時までは北東ブロック、6時から9時まで南ブロックです」「3時から6時までは?」

「指示を受けていないので、空き時間です」

「空き時間があるときは、いつも何をしていますか」

「武器の手入れや、自主練習を」

「では、自主練習をしましょう。見習いの稽古は恐らく追って指示を受けるでしょうし。北東ブロック、急ぎましょうか」

 王子の居室と逆方向の担当箇所は、城でも外れにある場所だ。

 王族はほぼ使用しないが、だからといって手を抜いていいわけではない。

「こっちから行くと近道ですよ」

 示されたのは、城勤めの者たちが主に使う階段室だ。

 勝手知ったる後輩の指差す方へずんずん進む。

「ラメルさん、……ラメルさん!」

「どうしました、このまま聞きます」

「……殿下と、ちゃんと話しましたか?」

 階段の踊り場でぴたりと止まる。

 私たちは、舞踏会の開会前以来、話していない。

「お節介かもしれませんが、ちゃんと話すべきだと思うんですよ」

「何を話せと。私は今回の措置に納得しています」

 きっと考えがあってのことだ。そう言い聞かせておかないと。

 私だって。

 訳がわからないのだ。

「じゃあなんでこっち見て話してくれないんですか」

 顔を見ながら話せるとでも、お前は思っているのか。

「舞踏会の警備を組み直させてまでラメルさんを側に置いた人ですよ?こんなの王子の本意であるはずが」

「だったらなんだと言うのです」

 感情に任せて言葉を投げつけるしかなかった。

 レインが望んでいるにしても、外交上の理由からレインの意思に関わらず王女を無下にできないだけだとしても。

「……私が隣にいていいはずがない」

 絞り出した声は敷物に吸い込まれていく。

「王子は幸せになるべきです。伴侶をみつけ、血を分けた子の父になり、国を導く。王子には、孤独と重圧を支える妃が必要です」

「その幸せに、ラメルさんは含まれていないんですか」

 ジル・レオンはどこまでも真っ直ぐだ。

「今まで殿下を支えてきたのは、専属騎士のラメルさんでしょう。簡単に渡せるほどの役割なんですか。殿下の幸せを願いながら、じゃあなんでラメルさんはそんな表情かおーー」

 乾いた音と、張られた頬と、手のひらに少しの痛み。

「……ルセーブル、先に行きます」

 返事を待たず、ラメルは階段を上っていった。



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