第13話 関係性

 †

「くどいぞ、オーヴリー」

 底冷えのするような声は、聞いたことのないような冷たさをはらんでいた。

 柱の影から見たのは、王子が位の高い男性を振り払った瞬間だった。

「殿下、なぜです?アズナヴールは適任でしょう」

「専属騎士は不要だ。……ああ、アズナヴールを遠ざけているのではない。誰であっても側には置かない。……話がそれだけなら去れ」

 臣下は黙って下がっていき、レインは自室へと向かっていく。

 私はその後を追った。

 聞き間違いではない。

 間違いなく、鋭利に人と線を引いたのはレインだった。

 ーー小さな足音が聞こえたのだろうか。

 レインはぱっと振り返った。

「ラメル!」

 ぱたりと足をすくませてしまう。

 けれど、明るく包み込むような声と笑顔は私の知っているものだった。

 ただ、さきほどまでのギャップを感じてしまう。

「どうした?」

「いえ、なにも……」

「そうか?だったらいいんだけど。俺の話し相手に元気がないと、俺も張り合いがないからなー」

 幼い私の頭を撫で、レインは笑う。

「今日は、どんな1日だった?」

「朝は読書、お昼はお勉強、これからは刺繍の続きを」

「おおっ!ラメルはその年で本が読めるのか!」

「昔、レインに簡単に教えてもらったもの。それに、読み書きできたほうが、レインともいろいろなお話ができると、まわりの人に勧められて」

「そうか、今度手紙でもやりとりするか?」

「うん!習ったことを書くね」

「……何を書こうとしてるんだ?」

「新しく知ったこと。今日は、ソリトワ大陸にある国の名前!」

「……地理か」

「レインは、苦手?」

「そんなに得意じゃないよ。……んー、一緒に勉強した方が早そうだ。先生に聞いてみるよ」

「ほんとに!?嬉しい!」

 このときの私は、ただレインと勉強ができるという喜びで一杯だった。



 ラメルの部屋は、他の騎士とは違い簡素な作りとなっている。

 孤児ゆえ実家からの荷物がないことと、財布が自分の給金のみであることが原因だ。名家出身の同僚は調度品や外行きの上質な服など、何らかのいいものや味のあるものを持ち込んでいる。

「にしても、多くの本がありますよね。ラメルさんの部屋」

 食後のお茶を飲みながら、ジル・レオンは無遠慮に部屋を見回す。

「そうかな、あんまり他の人の部屋みないから、わかんないんだけど」

「そうかなって、本は貴重品っすよ!俺の街じゃ、こんなに本があるのは教会くらいです!」

 部屋には本棚が二つある。

 どちらも様々なジャンルの本が突っ込まれていた。

「あっ、バーティー女史の家事指南本、城下で人気ですよね。女官部屋にもあります」

「まあラメルさんも女性ですからね、あってもおかしくは……あれ、こっちは地理に、植物図鑑……それに、絵本?なんだってこんな持ってるんすか、おかしいでしょ?いくら使いました」

「自分で買ったのはほとんどないよ。写本の失敗したやつを王立図書館からもらってきたりしてる」

「騎士特権とかいうやつですか、もー。外で本がたくさんあるとか言ってませんよね?変なところで抜けてるんだから……」

「言うわけないよ失礼な。大体王子のお下がりも混じっているし」

「待った、王子のお下がりってなんすか!」

「昔の話だよ」

 さらりと流したはずだった。

 それを許してくれなかったのは、後輩の茶色の瞳だ。

「ラメルさんの過去って、俺あんまり知らないんっすよ。一発で王室付き騎士になったことくらいしか。俺、実技は当たりがよかったのと、力業でいけたんですけど、教養試験で死ぬかと思いましたよね」

 セレクションは実技とペーパーテストからなる。ペーパーである教養試験は、騎士に求められる最低限の知識や礼節を推し量る。大前提として、字が読めなければはねられる。実技の替え玉を弾く意味合いもあった 。

「教養試験は、騎士の家系は免除される」

 騎士の家系では、基本事項は幼少期から家庭で教育されている暗黙の了解がある。ここに手を抜く家はない。

「けれど、王室付き騎士認定考査は?実技で現職5人倒す他にも、くっそ難しい試験ありますよね」

 通常の騎士とは違い、王室付き騎士となるための試験は高等教育を受けるかチューターをつけていないとパスは難しい。

 王族に随行することもあるため、範囲は地理やノイア王国史、算術や戦術の論作文、基本的な法律と幅広い。他にも王族の教養、テーブルマナー、接偶と多岐にわたる。

「ジル・レオンこそ、それをパスしてきたんでしょう?」

「俺の場合は平民からの選抜だったので、ボーダーが甘かったんです。でもラメルさんはそうじゃないでしょう?」

どんどんと距離を詰めていく質問に、らしくないなとラメルは思う。

「……昔質の高い教育を受けたことがあるの。贅沢にもね。意味がないという人もいたけれど、それでも学べて嬉しかったなあ」

 女は家督を継げない。だからイスリータも私限りだ。

 けれど騎士となったのだから、無駄ではなかった。

「私の話よりジル・レオンのほうがきっと面白いよ。ほら、エルーに話してあげてよ」

強引に話を変えさせて、ラメルはふうと息を吐いた。


 ーー王子の話し相手。それがかつての、私の役割だ。

 やがて、王子の学友に変化した。

 今では専属騎士だ。

 役職はしっかりとしたものになっている。

 それなのに、なぜこんなにも距離が遠い。

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