第12話 密会
「ラメルさーん、生きてます?」
重い瞼を開くと、チュニックの裾が揺れている。
「起きましたー?」
日がもうすぐで昇ろうかという明るさだ。
「ジル・レオン……見張りご苦労様です」
王族が遠方の視察に赴く際は、騎士も同行する。
宿泊時、夜通しの見張りは大事な務めだ。限られた仲間に不馴れな場所。城で行うよりも神経を使う。
ラメルは心持ち、夜を徹しての見張り当番は他よりも頻度が少ない。外遊期間によっては一度も当たらないことだってあるほどだ。上からの指示だから仕方ない。
ただし皺寄せは後輩へと向かう。
それが当然だとは思わない。
だからいつも労いと鍛練は忘れない。
それにしても、寝心地がいい。地方の村の、馬小屋の一角だというのに、こんなに暖かい。
「寝ぼけないでくださいよ、先輩」
かっと目を見開くと、見慣れた天井がある。
視線を辿ると、呆れたようなジル・レオンがベットサイドに立っていた。がばりと跳ね起きる。
ここは自分の部屋だ。それは間違いない。
王室付き騎士に与えられる、個室だ。
「あ、え……?」
どうして部屋にしれっといる?
「無用心っすよ、せめてカギかけといてくれます?」
「いや、あの」
「……とりあえず外にいます。着替え終わったら呼んでください。話はそれからで」
静かに扉を閉められて、ラメルは自分を省みる。
着替えた記憶はないが、寝間着だ。
「っあー………………」
こんな格好を見られるわ、人の気配に気づかないわ。しかも部屋に入られた時点で起きられなかったことの破壊力。
もう二度と深酒なんてしない。
決意と共に、ラメルは内側から鍵をかけた。
「ラメルさんは!騎士であって実力が折り紙付きなことはみんなの知るところですけど!自分の性別を!分かってますか?」
腕組みをしてこんこんと説教するのは後輩だ。
私に隙があったことに反論の余地はない。
だからって成り行きでベッドに正座しているのは納得できない。
短髪で、男物の服を着て。そんな女性はどこにいる。
ノイアには二人といない。
「そこ、めっちゃ不満そうな顔するのやめてもらえませんかー」
「先輩に説教するのも一段落してもらえませんかー」
「忌憚のない意見いいっすか?今いらっとしました」
「いつものお返しですー」
「はあ?」
「あ、あのー……」
舌戦になりかけたところに、遠慮がちな声が入る。
「失礼します、食事をお持ちしました」
「……エルー!」
かご一杯のパンとミルク瓶を持って立っていたのは、城勤めの侍女だった。
「どうしたの?入って?」
エルーを部屋に招き入れると、彼女はおずおずと部屋に入る。
「俺が頼んだんっすよ、朝ごはん。エルーさん、どうもっす!」
配膳を行う彼女は、はにかんだ顔をする。
騎士は通常、食堂で食事をする。城勤めの中では身分は上だが、部屋に食事を運んでもらう立場にはない。
いったいこれはどういうことだ。
「あの、今、食堂は開店休業で……。私、外で買ってきたんです」
「ほら、昨日見習いが集団で腹下したでしょう?薬師が調べてるんですけど、ひとまず厨房でまずいもんが入ったんじゃないかってことで、今朝はやってないんです」
「そう……」
それにしても、配膳なんて、どうして。
まさか、寝坊ーー。
「そうそう、言い忘れてました。午前一杯、非番です、俺とラメルさん」
ミルクに口をつけようとしてやめる。
今さら気づいた自分に腹が立つ。ジル・レオンは帯刀していない。
「……冗談でしょう?」
あんな事件のあったあとだ。人手は足りない。対策も考えなければ。
「……ここだけの話、庶民出身の城勤めは、制限がかかってます」
ラメルは眉間に皺を寄せた。
エルーはラメルと年が近い。また、王家直轄の孤児院から城勤めとなった経緯がある。境遇が比較的似ているので、仕事の合間には話をする関係だ。
「……レオン様から指示されなければ、私は部屋から出られませんでした」
王室付き騎士は職務上、城勤めのものに常識の範囲内で指図をする権利が与えられている。エルーの上役よりも王室付き騎士のほうが地位は高く、命令遂行の優先順位は騎士の方が上だ。
理由なく部屋で謹慎なんて、なにかがおかしい。
「……昨日のことと、なにか関係がある?」
「上はそう考えてるんじゃないですか?エルーさんは孤児ってこともあるんで、余計にきつい縛りがかけられている」
唇を噛み締める。
いつだって、疑いや不利益は一番下が被るのだ。
「昨日、舞踏会に侵入者がいたと聞きました。革命の孤児で、あんな場所まで入り込めたのなら、誰かが手引きしたのだろうと、そう、噂されています」
偶然見習いが食あたりとなり、警備の人数が不足していた。
だから侵入が容易だった。
確かに偶然で片付けるには楽観的すぎる。
ただしシャー・ラルのグループは、孤児院には入っていなかった。城勤めの者たちと接点はない。それでも城内の人間が疑われているのか。
妥当な判断。そして、かつての自分の弱さのつけ。
「……昨日の賊ですけど、ノイアの苑に埋葬されるそうです」
ノイアの苑は、先の革命で命を落とした者達の合同慰霊施設だ。
貴賤なく、身元不明の亡骸も受け入れる。
「……そう」
きっと、ヒュース騎士長あたりが尽力したのだろう。
これで彼女はゆっくりと眠れる。
「……午後からは王室付き騎士で会議です。それまで、ゆっくりしましょうよ。せっかく与えられた非番だし」
仕切り直しとばかりに、ジル・レオンはパンに勢いよくかぶりついた。
「俺の専属騎士を侮辱する気か」
御前会議で王子が発した一言は、その場を凍りつかせるには十分だった。
外交官や大臣、幹部の騎士が集まった場で、熱が急速に冷えていく。
「しかし、昨日の賊とイスリータは顔見知りのようであり、手引きしたことは十分に考えられます」
「昨日俺の専属騎士は一人でいた時間はほとんどない。それともなにか。この城の守りは賊を容易にあそこまで侵入させるほどやわだとでも言うのか」
鋭利な刃物は意見した騎士を沈黙させる。
「暗殺の危険には何度も晒された。しかしそなた達の尽力でこの命を何度拾ったことか。もちろん他国をはじめ、参加者に身の危険やノイア王国の政情不安を感じさせるようなことはあってはならないこと。しかし罪なき者を疑うのは意思に反する」
王位第一継承者は凛とした声を発した。
「調査は続ける。しかし出自を根拠にした軟禁は本日正午をもって中止だ。料理がたには厳重注意で留めろ。薬師には手当てを出して全力で見習いの治癒を。残った客人にはギルドに話をつけて護衛つきで帰ってもらえ。他国の姫は騎士が国境まで送れ」
「殿下はご自身のお立場をわかっておられない!専属騎士に斬られたこと、お忘れではありますまいな!あんなおなごを側におくなど」
「オーヴリー卿!」
ヒュースの制止は一足遅かった。
雨が降る夜色の瞳は、目があった者を射殺せるほど激しい。
「二度とラ・メール=イスリータを疑うな。この話は終わりだ」
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