第11話 見えない本音
鉄の匂いがべっとりついた服をかごに入れ、新しい制服に身を包む。見てくれは、これで他と変わらない。
騎士の私室は城の外れにある。移動といえど、バカにならない距離だ。
思いがけず時間を取られてしまった。早く会場に戻らなければ。きっと王子は来場者の対応に追われているはずだ。それでなくとも更なる襲撃の警戒、見回りの強化、会場の後始末とやることは山積みだ。
今夜は忙しくなる。息を吐いて自室を出ると、そこには一人の騎士がいた。
「ジル・レオン」
私の部屋は他の騎士達の部屋と離れている。
同僚よりは女官達の部屋のほうが近い。
こんなところまで来るなんて、私と組んでの城内巡回だろうか。はたまた王子の警護だろうか。仏頂面は今の状況を嫌でも実感させられた。
「待たせてごめんなさい。仕事、行きましょうか」
「ラメルさん、俺は伝令として来ました」
暗い廊下に、ろうそくの炎が揺れる。
「……別行動でしたか。配置場所はどこに?」
「自室です」
呼吸を整える。
「よく聞こえませんでした。ジル・レオン=ルセーブル。もう一度お願いできますか」
「デイム・ラ・メール=イスリータに申し上げます。本日は自室にて休息をとってください」
「……承服しません。私は仕事に戻ります」
「その必要はありません。レイン殿下はサー・アズナヴールが警護しています。そのまま寝ずの晩に入っていただきます」
立ちはだかる後輩は、真面目腐った顔で私を見下ろした。
「こんな状況です。警備を増やさないわけにはいかないでしょう」
「副騎士長が滞りなく采配しました。問題ありません」
まるで私が数のうちに入っていないように、全てが進んでいく。
「……私が女だからですか?」
「いいえ違います。今夜は夜通し仕事になります。何人かは身体を休め、明日に備えよとヒュース騎士長からのご命令です。ラメルさんはそのうちの一人です」
「…………」
私は後輩を押し退けた。
一体、何が違うというの。
「ラメルさん、どこへ」
「…………」
「ラメルさん!」
腕を強くつかまれる。
「主人が起きている間専属騎士が寝ていろと?」
「ええそうです。殿下が明日、万全でない専属騎士に守られるよりはいいでしょう」
「バカにしないでください、そんな半端な鍛え方はしていません!」
腕を振り払い、王子の自室へと急ぐ。
城勤めの者は出払っているのか、誰にもすれ違わなかった。
疲れているのは、王子のほうだろうに。
――見慣れた服に、寝ずの晩で世話になる騎士の顔を見かけたときには、心臓が跳ねた。
騎士は守るものと共にある。
アズナヴールと目があった。
しかし瞬時に動揺を隠した。
「どうした、アズナヴール」
普段よりいくぶん固い声に戸惑ったが、問うたのはレインだ。
「いえ、変わりはありません」
「そうか。昨日に続いて寝ずの晩を頼んで、悪いな」
「いいえ、殿下の眠りをお任せされ、恐悦至極に存じます」
「……あとは頼んだ」
私が影から見たのは、空き部屋に王女と二人で入っていくところだった。
幼馴染のようだし、特になにも心配はいらないだろう。
積もる話もあるのだろう。
だから私はその場から立ち去る事にした。
早く部屋に戻って、顔を洗いたかった。
見なくてもいいと言われたものを、自分から進んで目に入れたのだから。
‡
――ラメル、強くなったね。
そう言いながら、彼女は嬉しそうな顔をした。
――もう、あたしが守る必要はないみたいだ。
言葉が聞こえなくても、唇は動く。
――あんたが一番守りたいのは、何…?
どうして、そんな事を。聞くの?
そう言って。
シャラは笑って。
洗面所に栓をして、水をためて顔を洗う。
それでも足りずに、髪が濡れるのも構わず水の中につける。
数分してから顔を上げ、濡れた毛からしずくが垂れた。
かつての仲間を手にかけたのに、気になっているのは王子のことだ。
なんて冷たい人間に成り果てたのだろう。
首を強く振ってしずくを飛ばす。ごわごわとしたタオルで適当に拭いた後、内心自嘲しながら普段飲まない強い酒を開けた。
瓶に口をつけ、息継ぎもせず全て飲む。
酒臭い息をつくころには、頬は赤くなり、偽物の暖かさがラメルを包んだ。
「……所詮私も、人殺しだから」
誰も聞いていない独り言。
騎士といっても、守るといっても、それは大切な人や、大事な事のためにほかの何かを犠牲にすることで、今回天秤にかけられたのはシャラとレイン王子だった。
騎士としての職務を全うしても、それが評価されるとは限らない。
平時では、殺人者といわれても過言ではない。
別にそれはかまわない。
元から覚悟していたし、分かっていた。
この手を血で汚すのは、私たち騎士だけでいい。
それでも、聞きたくなる。
もう戻ってこない魂に。
私が守りたいものはなに。
私がやりたいことはなに。
わたしが望んでいることはなに。
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