第10話 血を被る

きゃああああああああああああああ!!


 無秩序に舞うドレス、悲鳴、血飛沫。

 私はそこで初めてあたりを見回した。

 音楽は途絶え、人々が逃げ惑う。黒い覆面の集団が、会場を襲撃していた。

王子の側にはヒュース騎士長が駆けつけた。

会場に残った騎士は入り口付近で招かれざる客と剣を交えている。人数が減ったから、何名かは防衛線を突破した。ならば私の取るべき行動は1つだ。

「っ!!」

 剣を抜き、鞘を捨てて床を蹴る。

 確認しなくても、誰だか分かった。

 分かってしまった。

 それでも武器を持っているだけの相手に、問答無用で斬りかかる。

「ぐあっ――」

 断末魔なんて聞きたくないと、思うことは罪ですか?

「か……」

 そう思うことは偽善でしかないのでしょうか。

 高貴な姫の悲鳴が聞こえる。

 ああ、貴女たちを守るのは正直なところついでなのだけれど。

「ひっ!」

 もうこれ以上、王子に血を浴びせたくはないんです。

 汚れ仕事は私がやります。

 悲しい顔をさせたくない。

 阿鼻叫喚とは裏腹な光に、包まれ生きて笑ってください。

 次々と敵を大きく斬ると、剣の威力を損なわないため手早く剣を振り血を落とす。そのあたりで売っている剣とは比べ物にならないくらい、簡単に血は落ちた。

 元のような銀色を取り戻すのを見た後、ラメルは片手で持っていた剣を両手で正面に構えた。

 残ったのはリーダー一人。ラメルは彼女と相対する。

 残りは全員真っ赤なしずくとともに、動くことなく伏している。

殺気をほとばしらせたリーダーは、覆面を脱ぎ捨てた。

「……ラメル」

 シャー・ラル。

 私たちは、どこですれ違ってしまったの?

「よくも仲間を!」

 私はあなたに助けてもらった。

 そのあと王子に助けてもらった。

「死ねえ!!」

 彼女が私のほうに突っ込んでくる。

 悲しみに彩られた顔、憎しみの宿った瞳。

 以前の私なら、剣を向けられなかったし、正面から見据える事もできなかった。

 迷っているうちに、迷っていないシャー・ラルに、きっと貫かれていた事だろう。

 けれど、もうあのときの私じゃないから。

 ラメルは目を逸らすことなくそのまま立ち、剣に力を込める。間合いに入ったのを見計らって、神速で躊躇せず突いた。

 ――襲撃者の走り込みが止められる。

 騎士は訓練通りの対応をすると、しかし剣を抜かなかった。

 抜いてしまうと、もう会えないと分かっていたから。

 ――思いを絶ち切るように、ラメルは剣を引き抜いた。

 静寂の中、剣を抜く音と人が倒れる音がよく聞こえ。

 色を失ったこの場所で赤だけがやけに鮮明で。

「おやすみ、シャラ」

 けれど私のその言葉は、共鳴する悲鳴にかき消された。

『人殺し』

 王子の隣にいた人間のその一言が、やけに響いた。

 ‡

「レイン!!」

 彼女はレイン王子のそばを離れようとはしなかった。

 王子も無理にひきはがそうとはしなかった。

耐性のない人間が間近で戦闘をみたのだ。気分を悪くした参加者も多い。

 会場には応援の騎士が到着していて、後片付けを始めていた。

 すでにドレス姿はまばらだ。もうこんな状態ではパーティーの続きなどできはしない。ヒュース騎士長は見回りの強化や送迎の手配と指示を飛ばしている。残党がいないとも限らない。

すでに王子の側には他の王室付き騎士が控えている。役目を代わるか、もしくは他の仕事に行くか。

「ラ・メール!」

騎士長の声が飛んでくる。

「はい」

「まずお前は着替えてこい。話はそれからだ」

そこで初めて、自身を省みる。

 真っ赤な私は場違いだ。

「……承知しました」

騒ぎの現場に背を向ける。

 あの二人はまだ寄り添いあっていた。


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