第9話 再会

「ラメル」

私を待っていた風体だったレイン王子は、どこか怖かった。

 騎士団全員で行う訓練が月に何度かある。その後の居残り稽古帰りのことだ。軽装の私が慌てて頭を垂れると、王子はすぐに制した。

「頼みがあるんだ」

 レイン王子は自らの剣を抜く。

「もし俺に何かあって、お前がもう無理だと感じたときは、俺を置いて逃げろ」

 私は泣き出しそうになった。

「……それは、どういうことですか」

 涙は見せない。そう決めたのに、声が震えてしまった。

 そんなに私は頼りないか。私は力になれないか。そういったことを口走ったのだと思う。

 セレクションでは無我夢中だったのだろう。騎士となって以来、私は何回も模擬戦闘で負けていた。

 人を傷つけるのが怖かった。あんな争いの再来は、見たくない。だからだろうか、剣を振り切れなかった。いつも表面だけ切って、致命傷を与えるような動作が、練習用といえどもできない。

 その様子に仲間に見限られ、見かねた騎士長が私を特別に稽古してくれていた。

 基礎体力作りから男子でも耐え切れないというメニューまで。また、いつかは向き合わない事として、戦場写真も見た。精神的、肉体的な疲れで何回吐いたことだろう。さっきも容赦ない騎士長からの訓練を受け、口を洗ってきたところだ。

 王子に肯定してほしくない。それはただの慰めだから。否定もしてほしくない。私は王子を守るに値しないという事だから。

 強くなるしかないのに、私は泣いてばかりいる。レインが困ったように立ち尽くしている。

「それは――」

 そのとき私は反射的に剣を握りしめ、王子の前に立った。

「覚悟!」

「っ!」

 なんとか最悪の事態を避けることができたが、重たい一撃を受けるのがやっとだった。

「ラメル、この裏切り者!!」

 襲撃者は、そう怒鳴ると一旦距離をとった。

 姿を見て剣を取り落としそうになる。相手は私を世話してくれていた年上の孤児だ。5歳上で、正義感が厚かった。

「お前はどうして……!」

 ガキン、と近くで音がする。

 訓練で鍛えた反射神経だけが私の意志に反して相手をする。

「こんな奴を守る!」

 彼女の両親は、先の内乱の混乱で殺された。

 何人もの同志を引き連れて、彼女は私たちに襲い掛かる。

 私は騎士なのに、彼女、シャー・ラルの相手をするのがやっと。

 対するレイン王子は、一人で4人の相手をしている。

 これは訓練の疲れだけが原因じゃない。いや、訓練のあとだからという言い訳自体許されない。いつどこで敵が襲ってくるかわからないのだから。それに、一番足を引っぱっているのが、私自身の動揺だ。

「シャラ、やめて!私はみんなとはぐれたあと王子に拾ってもらったの!恩人なのよ……!」

 戦いたくない。こんなカタチで会いたくないの。

 私は誰も傷つけたくない。

「たとえそうだとしても、私たちにとっては内乱の発端となったやつの息子だ!あの戦いはまだ終わっていない。復讐するまで終わらないのよ!私は今の王国も、王家も認めない!!」

 シャラはそういって重たい一撃を繰り出す。

 私は歯を食いしばって荒い息を吐いているのに、シャラは余裕の表情だ。

「ラメル。あんたみたところ専属騎士やってるの?それにしては体格・腕力がまだまだ未熟だよ。今までは戦術でなんとかなったんだろうけど、あんたの戦い方はよく知ってる。できることならあんたを殺したくはない。……よく考えな。勝てると思う?まだ抵抗するって言うならいくらラメルでも、殺すよ?」

 記憶の中の優しかったシャラの笑顔が、目の前の睨む顔に変わっていく。

 こちらは中途半端な構えのまま、あちらは臨戦態勢で向かい合う。

 世界には、二人しかいない。戦場では誰も助けてくれない。

 そこに、嫌な音と、においがした。

 世界がつながる。久しぶりにきた世界を確認すると

 背後で、レイン王子が、

 返り血を浴びながら、

 4人目を倒したところだった。

「―――――――――――っ!!」

 見知った顔、だった。

 笑いあったこともある。

 どちらかが倒れるまで、剣をおろす事はできないの?

 かつての仲間が死んで悲しいのか、王子が無事でうれしいのか、憎いのかつらいのか、説明できない。

「ラメル、無事か?」

 そういってくれた王子の瞳は、険しいまま。

 服は切り裂かれ、返り血ではない血も混じっている。

 なんていっていいのか分からない。

「……おい。降伏しろ。もうお前一人だ。」

 私はそこで油断していた。

「……うるさいっ!」

 シャー・ラルが、呆けていた私の首を絞めて剣の刃先を当てていた。

 どうしてだろう。彼女のほうが衝撃は多いはずなのに、すぐに動き出していた。

 仲間の死を、無駄にしないためにだろうか。かすかに動揺した王子を見て、思った。

 私は何のために騎士になったの?

 こんな風に人質になって王子の足枷になるため?

 王子に守ってもらうため? 

 それでも私は現実に、重荷になっている。

 王子の錘になっている。

 彼はさきほどの動揺をおくびにも出さず、こちらをにらみつけていた。

「そんなことしてなんになる。言っとくが騎士が前みたいにぼんくらだと思うなよ。もうすぐ小隊がくるぞ」

 こんな状態でも、多くの足音が聞こえてきた。

 シャラは形勢不利とみたのか私を放すと、逃げ出す。

 後には、王子と役立たずの騎士。打ち捨てられた死体。

「ラメル」

 気遣うような声。血まみれのなか、穏やかな表情。

 怖かった。

「平気か?」

 嫌だった。

「……泣いてる、のか?」

 悲しそうな表情に変わる。心配されるのが分かる。

 昔の仲間が死んで、悲しい。

 でもそれより、レイン王子が死んでしまうのが怖かった。

 なにもできないのが嫌だった。

 自分の力のなさ、王子の目、戦場という光景。

 そしてなにより、人を殺すのが怖かった。

 私には、覚悟が足りない。向き合わなくちゃいけない。

「俺は、いろんな方面から恨まれてるから、こんなことはこれからもあると思う。それでもまだ騎士を続けるか?」

 静かな問い。答えによって、将来が決まる。

 この一言が来るのを恐れていた。

 小隊が到着しても、私は唇を震わせて、黙り込む事しかできなかった。

 私は、なんて無力なんだろう――――――。

 

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