第8話 出会う前のこと

会場の3分の1の女性が、ダンスを断られたと思う。

良家の跡取り息子がさりげなくフォローしているものの、弾かれた女性にはとても追い付かない。王子は傷をたくさんつけている。それは確かだ。普通は義理で一回くらいは踊るだろう。横目で盗み見ると、ヒュース騎士長が青い顔をしている。

本当に、出席するだけを実行してくれるとは。

「おふざけが過ぎますわ……」

女官長が卒倒し、数人の女官がひっそりと介抱にまわった。

 確かに見ていられない。自分の主人ながら、これはやりすぎだ。立場を分かっているのかと怒りを越えて呆れる。

王子を諌めるしかない。足を向けようとしたそのとき。

 そんな彼が。

 ある1点を見た。

「……ルフ、ラン?」

 つぶやきはきっと聞こえていなかった。

 彼女のいる位置は騎士が控えているところよりも遠かった。

 けれど、視線。それを感じたのだろう。女性もこちらに気づく。

「……レイン?」

 彼女がこちらに向かって歩み寄る間、王子は私に、隣国シェルの第2王女、ルフラン・カンタータだと早口に説明した。シェルは友情国の1つで、国内が荒れた時期にレインは行儀見習いとして預けられていたこともある。

「……10何年ぶりかしら。あなたが私たちの国に一人疎開してきたとき以来よね?」

「ああ、……きれいになったな。まだ、結婚していないのか?」

 その言葉に王女は噴き出す。

「だんな様がいたら舞踏会なんて名前の嫁探しパーティーに来ないわよ」

 王族なのでもちろん人並み以上の美貌を持っている。しかし明るく快活な性格なのだろう。自然体で人と接している。砂糖でコーティングしている菓子、中身は苦いチョコレート、という有り体な姫よりは、こちらのような、すこし小言を言われるけれど楽な姫がいいのかもしれない。これからつきあっていくならば。それに観察したところ、破天荒な振る舞いをしているわけでもない。問題はないだろう。

 私は少しずつ2人のそばから離れた。顔馴染みのようだし、少しくらい離れても支障はない。ただ遠くから、話している様子を見ていた。

 王子が自分の過去を詳しく語った事はない。彼の兄の話を聞いたこともない。ましてや王女と親しい事も。

……そんな当たり前な事、考えてどうするの。ただの騎士にそんな私的なこと話すわけがないでしょう。

 そう、さっき喉元まで出掛かった言葉は、もっと出席されている方とお話してしてください。これを、望んでいたのでしょう?

 ただ、見ていたら、平静を装うのに努力が必要だった。なぜだろう。女性の影がなかったからだろうか。

 剣を振るいたい。何もかも忘れて振るいたい。……こんなことを考えている私はどうかしている。初めて振るったときは、とても怖かったのに。

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