第6話 戴刀

「ラメル!騎士になったんだって!?」

 13歳になると、騎士の選抜認定試験セレクションが受けられるようになる。私はセレクションで一位になり、さらに現職の騎士を5人倒した事から王室付き騎士に認定された。

 これで私は晴れて騎士だ。

 扉を荒々しく開けたレインは、ヒュース騎士長にたしなめられている。しかし騎士長も少し表情が緩んでいる。

「私が育てた中で一番伸びた。専属騎士にしても実力面で問題は出まい」

 レインは満足そうにした様子を見せながらどこからか大柄な剣を取り出すと、それを掲げた。

 私がいつも使っている剣のふた周りほど大きい。

「殿下、今ここで任命式を行うおつもりですか?」

 レインはその言葉にけろりとした顔だ。

「ああ。この剣も授与のためのものだ。……だめか?」

 私とヒュース騎士長は顔を見合わせた。

 専属騎士任命は膨大な書類と判と承認が必要だ。王族と騎士長、数名の騎士、大臣などが出席する会議も開かれる。実力のみならず、家柄や思想、知性を認められなければなれない。主人となる王族の右腕となるため、最高の名誉職かつ実力者の証明だ。

 しかし前任者が役目を終えるまで補充はない。候補者になるにも10年待つのは当たり前。運よくすぐに選抜されたとしても、手続きのため1年は必要だ。主となる者の権力、つまり鶴の一声を持ってその部分を飛ばせるだろう。前例はない。

「……いえ、任命式は殿下の仰せのままに」

 ヒュース騎士長は特に異議も唱えず従った。

 ――あとでそっと教えてもらったが、受験資格を得たと同時にセレクション1位通過でしかも王室付き騎士認定。女であることもされ、慣例を曲げて王室付き騎士の認定を取り消すべきだ、という声が上がったらしい。王子の行動を止めなかったのは、王子から直々に専属騎士任命を受けないとやっかみや嫉妬で可決はされないから、という理由あってのものだ。

「ですがその剣はラメルには大きすぎます。成人男子向けのものです。それを――」

 成人男子。ほとんどの騎士がそう。

 そのなかで同じような働きを求められ、応えなければならない。男女で練習量が違うという環境では当然ない。

 私は思わず声をあげた。

「いいえ、平気です。必ずこの剣を自在に振るえるようになります」

 私の言葉にヒュース騎士長は折れたのか、それ以上何も言わなかった。

「では、任命式を始める」

 私は膝をつき、床を見た。

「証人、ヴェン・パルコ=ヒュース。任命者、リフ・レイン=ノイアフィルプ」

 レインは厳かにそう式典を執り行う。わずか3人だけの式典。

「ラ・メール=イスリータ。そなたを私、リフ・レイン=ノイアフィルプの専属騎士に任命する。私が任を解くか、そなたが剣を折るときまで永久に役目は続く。依存はないか」

 私は静かに顔を上げる。

「はい」

「では、この剣を受け取るがよい」

 大柄な剣が、手渡される。それは冷たく、そして重たい。

 ずっしりとした重みは、私を騎士へと覚醒させた。

「専属騎士、誓いの言葉を」

 証人の声で、私は口を開く。

 定められた文言を。


 私は神に誓います

 あなたのそばに永久とわにいます

 私は剣に誓います

 あなたを一生守ります

 私はあなたに誓います

 私は一人の騎士ナイトです



「これにて、任命式を終了する」

 その一声で、彼は相好を崩した。

 ふっと空気の質量が変わる。

「ラメル、堅苦しかったろう?今日は祝おう。騎士になった記念だ」

「そんな、もったいない。大変恐縮ですがご遠慮致します、リフ・レイン殿下」

 私は臣下の口調で返した。

 いつもと違う私に、一人は戸惑い、一人はただ黙っている。

「……どうしたんだよラメル。そんな堅苦しい口調やめろよ」

 私だって慣れない呼び方をしているのに、どうしてあなたはいつまで経っても変わらない。

「殿下、私は王族でも貴族でもありません。今までのご無礼、お許しください」

 私はそういって頭を下げた。

「やめろラメル……!」

 なぜそんな必死な声を出すのか。決心が鈍ってしまう。

「できかねます」

「前と同じような言葉遣いと態度に戻れ」

 できない。もはや騎士となった私がそのようなことを承諾すれば、規律の乱れだけではすまなくなる。

 痺れをきらした王子は、私を強引に立たせた。

 視線がぶつかる。王子の真剣な目は、私が視線を合わせるのを拒む事を到底許してくれそうになかった。

「ラメル、これは俺の、リフ・レイン=ノイアフィルプの命令だ」

 厳しい口調。

 その言葉の意味をつかむ前に、その場の男性が口を開いた。

「殿下!いくら命令とはいえ、ラ・メールには聞きかねるものです!」

 王子は固まり、深呼吸をしたあと、私の腕から手をゆっくりと離す。そのあとばつの悪い表情を浮かべた。

「……悪かった。さっきのは忘れてくれ。――――けれどこれだけは聞いてほしい。俺のことを殿下と呼ぶな。王子とも呼ぶな。これは命令じゃない、―――お願いだ」

 私はしばらく考えていた。目を合わさないようにした。

「……分かりました、レイン様」

 そう言ったあと、その部屋を出た。

 もう私は、決めたから。

 私は一人の、騎士ナイトですと。

 そばにいるために貴方に誓い、自分に誓い。

 けれどできることなら、違う言葉で誓いたかった。

 おさえようとするけれど、あふれる気持ちはとまらない。

 私はこの顔を誰にも見られないように、廊下を足早にぬけた。


「……ヒュース、どうして。どうしてだ!!」

 レインはヒュースの胸倉を掴んだ。ヒュースは黙ってされるままになっている。

「殿下。貴方様は一国の王子。遠からず国王となられるお方です。一方のラメルは平民です。殿下が拾わなければ何の関わりもなかったはずの娘です」

「だから何だ!」

 そう言いながらも、王子の顔は下を向き、水が頬を伝う。

「ずっとこのままでいることはできない、ということです。……ラメルは受け入れて、その上で騎士になる事を決めました。……殿下も、覚悟をお決めください」

 ヒュースは静かに部屋から退出した。

 残された人間は、魂のない人形のようだった。



 信頼関係で、騎士と王族は結ばれている。ラ・メールに接する態度からは考えられないが、王子はいつも人と距離を取り、心を閉ざし口数も少ない。

 もしかしたら、と騎士長は言った。

「王子を変えるきっかけになるかもしれない。王室付き騎士となれば、殿下はラメルを専属騎士として受け入れる可能性がある」

  レインの専属騎士が空席となっているのは、本人が拒んでいるからだ。

 私は顔を上げた。

 それを否定するかのように、だが、と彼は語気を荒げる。

「騎士は常に厳しい鍛錬を積む。特に王室付き騎士は相当な実力が必要だ。……仮になれたとしても、騎士と主人は信頼関係以上の関係を築いてはならない。過去に騎士と王女で主従以上の関係になった例があるが、王女は幽閉され、騎士は処刑された。最大限譲歩しても相談役。そう己を律しなければならない。さらに殿下の専属騎士になったとすれば、任が解かれるまで警護することになる。たとえ后を迎えても、次代の後継者ができたとしても。それでも変わらず忠誠をつくすのだ。辞めることは許されない。……ラメル、そなたにその覚悟はあるのか?」


 今でも覚えている。


「……はい」


 私はそのとき、自分の願いを叶えるために、自分の気持ちを封印した。


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